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【ショートショート】液漏れ

 親しい同僚が連絡も入れずに会社を休んだ。
 次の日も休んだ。
 彼が緊急の事案を抱えていたこともあり、上司は私に様子を見に行くよう指示した。
 アパートを訪ねると、ドアに鍵はかかっていなかったた。異様な匂いが鼻をつく。彼は布団に仰向けになり、息絶えていた。布団はぐすぐずに濡れ、彼自身はミイラのように乾涸らびている。
 会社と彼の実家と警察に連絡を入れ、私はとりあえず部屋を出た。新鮮な空気が必要だった。
 ツイッターで「ミイラ」を検索してみると、ミイラみたいな死体の話題が数ヶ月前からちらほら出始めていることがわかった。
 また新種の病気か。
 会社の自席でキーボードを叩いているとき肘が冷たいと感じ、鏡でみると、透明な黄色い液体が付着していた。
 同僚の布団のシーツが黄色に染まっていたのを思い出す。私は鞄に入れていた絆創膏を貼り付けた。
 絆創膏は次第に増えていった。
 右のほっぺたにも絆創膏を貼るに及び、会社からはしばらく休むようにと指示が出た。病欠扱いにしてくれるという。
 マスコミはいろいろな病名を考案したが、「液漏れ病」という呼び名が広まった。
 なぜ体液が黄色い液体になるのかは、医学的にもわからない。わからないといえば、これが疫病なのか、たんなる免疫不全なのかも発表されなかった。不安だけが増していく。
 道ばたで、乾涸らびている死体を見かけることも少なくない。
 政府が行ったことで役立ったのは絆創膏を増産したことくらいである。それまでは店頭からいっせいに絆創膏が消え、ビニールテープなどで誤魔化している人をたくさん見かけた。
 私はひたすら体に貼る絆創膏を増やしながら、静かに暮らしていた。夜、気づかないうちに穴があくと、体内の数分の一の水分が流出して意識を失ってしまう。生きるか死ぬかはまさに運だった。
 ときどき、手の甲の絆創膏を剥がしてみる。
 じわっと液体が染み出してくるのを見つめてまた絆創膏を貼り直すことになるが、ある日、いつまでたっても、液体が染み出してこないことに気づいた。
 自然治癒したのか。
 信じられない思いで、私は自分の手の甲を見つめ続けた。

(了)

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