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【ショートショート】広告戦略
「あのう」
とオレは会議中におそるおそる手を挙げた。
「地下鉄の車内吊り広告はどうでしょう?」
VR広告をいかに安く出稿するかで侃侃諤諤の議論をしていた宣伝部の連中は、虚をつかれたようにオレのほうを見た。
もはやネット以外の広告は壊滅状態にある。テレビはすべて有料化したし、街頭の広告看板は空白だし、新聞にはチラシすら入らない。
そんな時代になぜ? という疑惑の視線を感じる。
「誰も地下鉄の吊り広告なんか利用していません。だからこそ、ほんの時折出稿すれば、話題になるのではないかと思うんです」
「面白いかもしれない」
課長が反応した。
「予算もあまりかからないだろう。やってみたまえ」
地下鉄運営会社に連絡すると、向こうがぎょっとする気配があった。
zoom越しに「本気ですか?」と問われた。「いちおう、掲載料金はいただきますが」
「もちろんです。ただ、いろいろな車両に、ごくたまに掲示したいのですが、そういう対応はできますか」
「できますできます。なんでもやらせていただきます」
こちらが本気だとわかると、先方は揉み手せんばかりに反応してきた。
一ヶ月、二ヶ月。
ごくたまに広告に気づく人が出てきた。
ツイッターなどに「地下鉄で広告を見た!」「車内吊り広告があったぞ!」という報告が上がるようになった。すぐに「嘘つけ」「なにをバカなことを」という反応が殺到したが、写真がついているので、メッセージのほうに説得力がある。「悪質な合成画像だ」「地下鉄の悪あがき」といった陰謀論を唱える人も一定数はいる。こちらとしては炎上してくれるほうが話題作りになってありがたい。
これまで通勤通学途中でもVRゴーグルを被りっぱなしだった人たちが、車内でゴーグルを脱ぐ姿が見られるようになった。
とはいえ、こちらもそう簡単には遭遇しないように調節している。
我がメーカーのお菓子広告シリーズはレアメタル扱いされ、遭遇した人はすぐInstagramに投稿するようになった。情報が勝手に拡散していくので、広告効果はたいへん高い。
オレは社長賞と金一封をもらった。
ネットを眺めていると、依然として「都市伝説ではないか」説も根強い。なんせ、地下鉄に乗る人の千人に一人も見られないくらいの割合なのだ。とくに柿ピーのポスターは一万人に一人くらいに調節しているので、遭遇した人は大喜びで投稿する。
半年くらいたつと競合他社も同じ戦略を取り始めた。
ふたたび地下鉄吊り広告の時代がやってきた。
他社が参入してきたら我が社は撤退する。撤退というより転戦だ。今度は街頭に生ポスターを展開した。その次は看板広告。
いろいろやり尽くして、オレは、
「もうやることがありません」
と課長に報告した。
課長はニヤっと笑って、
「じゃあ、記者会見を開こう」
と言った。
「なにを言うんです」
「我が社は広告フリー宣言をする」
だいぶ前から考えていたらしい。そして、ロゴやら商品写真やらキャッチコピーやら専属契約をしている女優の写真やらをフリー素材として公開した。
結果は、課長の読み通り。ネット中に我が社の広告があふれた。プロ顔負けの仕上がりになっているものもある。
街中を歩く人は我が社のロゴ入りTシャツを着ている。
「次は」
とオレと課長は声を揃えて言った。
「有償広告ですな」
お金を払わないと見られない広告。そんな広告があってもいいじゃないか。
(了)
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