【ショートショート】チラシの裏
SNSで、
「チラシの裏にでも書いとけ」
という悪口をみて、田中はなるほどその手があったかと思った。
田中の趣味はショートショートを書くことである。
近所の大きな店を何軒か回ってみた。
「チラシの裏に短いお話を書かせてもらえないでしょうか」
「ダメダメ。そんな印刷費のかかること、できるわけないでしょ」
と断られたが、駅前のドラッグストアだけが興味をしてしてくれた。
「どのくらいで書けるの」
「二時間くらいでしょうか」
「空きスペースに書くならいいよ」
こうして田中は毎晩、チラシの裏にショートショートを書くことになった。
夕方に「リップクリーム」や「猫の餌」「花粉」といったテーマと、文字数が届く。文字数は二十四字×三十三行とか、二十七字×二十七行とか日によってマチマチだが、文字数を削るのは田中の楽しみとするところだったので、問題はない。
一ヶ月ほど続けると、近所の人たちから、
「田中さん、読んだよ」
「面白かった」
「昨日はちょっと手を抜いただろ」
などと声がかかるようになった。
「あの電子ネズミ、ほんとにいるの」
「あなた、タヌキが好きだねえ」
「ボロいロボットで泣かせるのはずるい」
だんだん指摘も具体的になってくる。
田中は毎晩、六時から八時までの二時間、うーんとうなり、頭を絞ってショートショートを書き続けた。
ふと気がつくと、近所のスーパーもチラシにショートショートを載せるようになっていた。
チラシにショートショートだけを載せる大胆な店も出てきた。話のなかに商品名が出てきたらそれでいいというのだ。
ショートショート大盛況。
いったん流行ると、ほかの地域も真似をするので、書き手が足りなくなってくる。
田中のところにもいくつか引き合いが来た。田中は一日中ショートショートを書き続けることになったが、それでも間に合わない。
とうとう夢の中でもショートショートを書くようになった。
書き終えたと思った瞬間、目がさめる。
「わあっ」
と叫んで、話をメモする。ところが、オチだけがどうしても思い出せない。
「ああ、困ったなあ」
と頭を抱える夢をみた。
目覚めてみると、田中にショートショートを依頼している人など、誰もいない。すべて夢だったのだ。
(了)
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