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【ショートショート】硬い家系

 水気のない髭は真鍮と同じくらい硬い。
 顔面から毎日、太い真鍮が生えているかと思うと恐ろしいが、なに、われわれには電気シェーバーという武器がある。
 じょりじょりじょり、と毎朝一気に髭を剃っていたのだが、ある日、がきっがきっがきがきという異音がして、電気シェーバーが止まってしまった。
 カバーを開けて中をみると、刃がぼろぼろに砕けている。
 さては、髭が進化したか。
 手で撫でてみると、がりがりとして痛い。手の甲には赤い筋がつく。
 私は電器屋に出かけた。
「電気シェーバーが髭に負けてしまうのですが」
 と店員に相談すると、売り場に案内された。
「うちは電気シェーバーが充実してまして、いろいろなタイプがございます。刃の堅さも自由自在。ステンレス級、チタン級、水晶級、ダイヤモンド級と各種、取り揃えております」
「試すことはできますか」
「もちろんです。こちらへどうぞ」
 盗まれないように鎖をつけられた電気シェーバーで容易ならぬ髭に挑んでみた。
 ステンレス級の刃で互角。チタン製はちょっと値が張るが、こちらならすいすい剃れる。
 チタン製の電気シェーバーを購入した。五万円とすこし。皮膚にはやさしいが、財布には痛い。
 そのうち、チタン製でもなかなか剃れなくなってきた。
「これはまずい」
 と思い、カミソリ預金を始めた。次の水晶シェーバーを購入するには五十万円かかるのだ。
 何年もたたないうちに、チタンの刃が砕けた。
 髭の堅さは遺伝によるところが大きいという。不幸な家系に生まれたと思うしかない。私は水晶剃刀を購入し、ついでに実家に行って父にたずねた。
「とうさんはどんな剃刀を使っているの?」
「ん? そんなことを聞くということは、おまえも苦労しているな」
「ああ、とうとう水晶の剃刀を買った」
「水晶なんかまだ甘い」
 と父は言い、私に小さな箱を見せた。なかにはキラキラとしたカケラがいっぱい入っている。
「これはなに?」
「わしの髭だ。ダイヤモンドだ」
「ダイヤモンドの髭が生えてくるの? それじゃもうどうにもならないじゃない」
「ダイヤモンドはたしかに傷はつきにくいが、割れにくいというものでもない。で、これを使う」
 父が取り出したのは、鉄のハンマーだった。
「これで殴ると折れる」
 父の顎をよくみると、かすかに光を反射している。
「ほれ」
 父が自分の顎をハンマーで殴ると、ダイヤモンドの髭が落ちてきた。
「これ、一本一本やるの?」
「そうだな」
「どのくらい時間かかる?」
「一日中叩いているな」
「虚しくならない?」
 と聞いたら、父はじっと押し黙ってしまった。

(了)

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