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【ショートショート】遠足

 コロナのせいで、遠足は中止になるのだとばかり思っていた。
 なので、学校から「決行」の連絡がきたとき、ぼくは驚いた。
 今年はインナースペースへの旅になるそうだ。
「おとうさん、インナースペースってなに?」
「そうだなあ。心の中ってことかな」
 ぼくは学校からのメールを読み上げた。
「実施日。四月二十七日。現地集合。夜九時、各自の夢の中。おやつは三百円まで」
「夢の中かあ」
 おとうさんは笑った。
「早寝しなきゃな」
「うん。お菓子も買っておかないと」
 ぼくは一週間前から早寝の練習にはいった。八時には布団の中にはいって目をつむる。ゲームをする時間がすこし減ってしまうけど、ゲームよりは遠足のほうが楽しみだ。
 当日。
 ぼくはぶじ夢の中に入った。
 夢のなかでリュックを背負って立っていたら、先生があらわれた。
「お、田中、ちゃんと時間通りに来たな」
「はい」
「みんなはあっちだ」
 部屋の扉をあけると、クラスの仲間たちがいた。まだ半分くらいかな。
 やがて全員そろうと、先生は、
「じゃ、夢の第二階層にいくぞ」
 といった。
「第二階層ってなんですか」
「いまいるここが第一階層だ。もう一度眠ると、第二階層に行ける」
 ぼくたちはたくさん用意されたベッドに入った。
 また眠るのか。眠れるのかな……と思っているうちに、すーっと意識が消えた。
 ぼくたちは教室にいた。
「さあ、校庭にバスが来ているぞ」
 と先生が言った。
 夢の第二階層は驚愕夢といって、リアルな現実そのままだそうだ。
 ぼくたちは上野公園に出かけ、桜並木を抜けて、パンダを観た。
 昼ご飯を食べ、おやつも食べた。
 それから、国立博物館に行って、展示物を観た。フタバスズキリュウの復元骨格の迫力がすごかった。
 夢の中なので濃厚接触もない。ぼくたちはひさしぶりにマスクなしで喋り合った。
「よおし、それじゃあ、現地解散だあ」
 と言い、先生がパンと手を叩いた。
「あっ」
 ぼくはベッドの中で目を覚ました。
 覚ましたが……ここはまだ夢の中だ。第一階層というやつだろう。
 あたりをみると、クラスメートの連中がいた。
「やあ」
「あら」
「ここは、どこ?」
「さて、どこだろう」
 ぼくたちは夢の扉をあけた。
 そこは奇想天外な世界だった。ぼくたちは十分あそんで、それから別れた。ということは、自宅のベッドで目覚めた。朝だった。
「遠足はどうだった?」
 とおとうさんが聞く。
「ああ、楽しかった」
 とぼくは答えた。どちらかというと、遠足のあとのほうが楽しかったんだけどね。

(了)

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