【ショートショート】徘徊
まず、そのペットに目をつけたのは彼女だった。
道路に面したウインドウに小さな時計台がディスプレイされていた。街中のペットショップである。
時計台は、檻の中をちょこまかと歩き回る。
「かわいいー」
と彼女は言って、時計台の動きを目で追った。
オレは首を傾げた。
なぜ時計台がペットショップにいるのだろう。かわいければ、なんでもいいのか。
彼女はペットショップの中に入っていく。
オレもつられて中に入った。
時計台の値札には「3万円」と書いてある。
数十万円する小型犬や血統書付きの猫に比べると、ずいぶんお安い。
「まあ、生き物じゃないし」
とオレは思ったが、疲れて布きれの上に横たわり、くたっと寝ている時計台はまるで小型生物である。
「生きてますよ」
オレの不審な顔つきを見咎めたのだろう、ペットショップの店員が近づいてきて言った。
「いつから時計台は生き物になったんだ?」
「さあ、それはわかりませんが。最近、にわかに時計台のブリーダーが増えましてね」
あやしいと思ったが、彼女があまりにも必死な目つきで見つめてくるので、つい、プレゼントしてしまった。
彼女は大事そうに小さな箱を抱きしめる。
「大事にするね」
と言った。
それから間もなくして、オレと彼女は遠距離恋愛になった。オレの転勤が決まったからである。無理すれば戻ってこれない距離でもないので、ずるずる付き合いが続いているが、ここ数ヶ月はご無沙汰だ。
彼女から泣きそうな声で電話がかかってきた。
「やあ、ひさしぶり」
とオレは言った。
「うん。これから、うちに来てくれない」
幸い、週末である。あるいは彼女は週末を狙って電話してきたのかもしれない。
「ひさしぶりだなあ。いいの」
「いいわよ」
というわけで、彼女のマンションを訪ね、びっくりした。
天井まで届く高さの時計台が鎮座していたのである。
「こんなに育ってしまったの」
「うーん」
オレは頭を抱えた。時計台だからなあ。そりゃあデカくもなるよなあ。
1Kのマンションで、彼女はろくに眠る場所も確保できないようであった。
「これは捨てるしかないなあ」
「無責任よねえ」
「まあ、ペットを捨てるのは無責任だけどさ。もともと時計台だし」
「ぺぺちゃん」
と彼女は言った。
「なに?」
「名前つけたの。ぺぺちゃんって」
ぺぺちゃんは、彼女のほうを向き、時計の針を震動させた。自分の体を持て余しているようにも感じられた。
オレと彼女はぺぺちゃんを横抱きにし、外に連れ出して、闇夜に乗じてこっそりと街の片隅に捨ててきた。
それからしばらくしてからだった。
街中を徘徊する時計台たちが話題になったのは。
「時計台がこんなにも増殖したのは、無責任なブリーダーのせいだと思われます」
とニュースキャスターは伝えていた。
「まったくね」
とオレは思った。テレビ画面の中には繁華街を行き来するたくさんの時計台が映っていた。あのなかにぺぺちゃんもいるのだろうか。少なくともオレには見わけがつかない。
(了)
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