【ショートショート】お散歩
玄関で外出の用意をしていると、ぴーさんがヨタヨタとやってきた。むかしは「ぴー」と呼び捨てだったが、猫も二十歳をすぎると、敬称がついてさん付けとなる。
「ぴーさん、お見送りしてくれるの?」
と言いつつ、玄関のドアを開くと、ぴーさんは当然のように外に出ていった。
「ありゃ」
私はそのあとに続く。
若い猫なら家出だが、老猫は逃走することができない。せいぜいがお散歩だ。
ぴーさんは私道の匂いをくんくんと嗅いでいたが、やがて、ふつうの道に出た。住宅街なので車の姿はない。
道の真ん中を行くぴーさん。
「ぴーさんにはアスファルトはつらいねえ」
道はいつの間にか砂利道となり、回りの家も昔ながらの木造家屋に変化した。
もう肉球が弱っているので、砂利でも痛いかもしれない。
砂利もなくなり、ただの土になった。
家も消え、あたりは田畑に。
「タイムスリップだねえ」
と呼びかける。分かっているのかいないのか、ぴーさんはなおも散歩を続ける。
十分くらい歩くと、ぴーさんはぴたりと止まった。
抱き上げると、たらんと体の力を緩めた。
私は来た道を引き返していく。
道は砂利道となり、やがてアスファルトになって、家に到着した。
「家だよー」
というと、ぴーさんは腕から下りて、家の中をとことことと歩き、水を飲んだ。
それから階段を登っていき、こちらを振り向いた。
こい、と言っているのだ。
私は付いていって、ぴーさんをベッドに乗せ、横で寝転んだ。いつの間にか熟睡してしまった。
なにか用事があったような気がするが、ま、忘れてしまったくらいだからたいしたことはないだろう。
どうせぴーさんが寝ているときは、この家の外にはなにも存在しないのだ。
(了)
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