【ショートショート】試着室
寒くなるから、暖かいズボンがほしいなあ。
と思いつつ、ファッションにまったく関心のない私は、買い物に行くのをずるずると引き延ばしていた。
素材やら色やら、考えることが多すぎて、面倒くさい。買うとなったら裾上げしなきゃいけないのも面倒だ。
それでも、今週末には寒波がやってくると聞いて、ようやく重い腰を上げた。
量販店に行くと、案の定、死ぬほどたくさんのズボンが展示されていた。
「はあ」
私はため息をつき、あちこちの棚をうろついてチノパンを二本購入することにした。見分けがつくよう茶色と青色にする。
とりあえずMサイズを持って、試着室に行った。
試着室はまるで壁のようだった。見渡す限り、試着室のドアが続いている。さすがに量販店は違うなと思いながら、案内されて五番目の部屋に入った。
いまどきの試着室はカーテンではなく、ちゃんと木製のドアなのね。
Gパンを脱ぎ、チノパンを穿いてみる。ちょっと苦しい。だいぶ腹が出てきたからな。私は足が短いから当然のことながら裾上げも必要だ。
やっぱりLサイズにしようかしらんと悩んでいると、鏡がディスプレイに変化し、なかに女性があらわれた。
「すこしおなか周りがキツいですか」
「ええ、そうなんです」
「ズボンを大きくしますか、それとも、おなか周りを絞りますか?」
「えっ」
そんなことが可能なのか。
「お腹周りを絞るってダイエットのことですか」
「はい。そうです」
「ダイエットでお願いします」
「はい。一日七千円。一ヶ月で二十一万円となります」
うわあ。高いな。でも、痩せられるならいいか。
「ズボンの丈はどうしますか。丈を直しますか、それとも足を長くしますか」
私は目を丸くした。
「長くできるんですか」
「はい。整形手術となります。手術料は五十万円です」
「お願いします」
「ドアを開けて、奥の部屋にお入りください」
奥の部屋に行くと、ディスプレイの女性がニコッと笑って待っていた。
「麻野と申します。手術は全身麻酔をしますからすぐ終わりますよ」
さらに奥の部屋が手術室だった。
私は長足手術を受けた。
ダイエットは翌日から始まった。
朝、昼、晩とダイエット飯が出る。昼はお弁当だ。試着室から出勤して試着室に帰ってくる。
「間食はしないでくださいね」
と麻野さんは言った。
帰ってくると、いきなりトレーニングルームに放り込まれる。二時間はたっぷり運動して、ばたりと寝る。これを一ヶ月くり返すと、たしかに体重は減った。
「そろそろ、チノパンがお似合いなのではありませんか」
と麻野さんが言ったので、私ははっと試着室にいる目的を思い出した。
茶色のチノパンは体にぴったりとフィットした。
試着室生活は快適すぎて、元の生活に戻る気がしない。
私はジャケットをもって、また試着室に行った。
「麻野さんをお願いしたいんですが」
「ありがとうございます。五番試着室にどうぞ」
ディスプレイの中の麻野さんは、
「胸筋と腕の筋肉を増やしたほうがお似合いですね。トレーニングなさいますか」
と言った。
私は、
「もちろん」
と答えた。
(了)
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