【ショートショート】旗日
休日である。
暇を持てあまして散歩に出た。
喫茶店に入って休んでいると、ポケットからひょいと日本国旗が出てくる。
注文を取りに来たウェイトレスが、えっという目で私を見る。
「これ、やめなさい」
私はポケットの中の電子ネズミに向かってささやいた。電子頭脳を持ったネズミで、区役所所属である。知能は私よりも高いかもしれないが、ちょっと人間社会を誤解しているところがある。
ひょいと旗が引っ込んだかと思うと、今度は胸ポケットから旗が出た。
私はあわてて胸を押さえると、
「ほ、ホットコーヒーひとつ」
と注文した。
「お客様、大丈夫ですか」
「大丈夫です」
ちょうどいいタイミングで、頭の上にぽんと日本国旗が立ったらしい。
ウェイトレスは爆笑して去って行った。
「おいこら。なにをする」
私はさっそくびすに向かって文句を言った。
「今日は旗日でチュー。日本国旗を掲揚する日でチュー」
私は頭から国旗を引き抜き、
「もうね、旗日なんて言葉は死語なの。誰も国旗の掲揚なんてしないの」
と言い聞かせた。
「ぶーっ」
とびすが文句を垂れる。
窓の外を、背中に何十本も日本国旗を立てた人が通りすぎる。
「うそ……」
と、私が呟いていると、その人は喫茶店に入ってきた。
マスターになにやら喋りかけている。
マスターは大げさに手をふり、男を追い返した。
「誰なんです?」
と声をかけてみる。
「いやね。区役所から来たっていうんだけど、国旗を掲揚しろってうるさいんだよ。新聞の勧誘よりしつこいな」
「わかります」
という私の頭にまた旗が立った。
「ぶっ」
とマスターが吹きだした。
「あなたも、区役所の人?」
「違います違います」
私はあわててコーヒーを飲み干すと、喫茶店を出た。
「おい、いったいいくつ国旗を持っているんだよ」
「いくつでもあるでチュー」
ああ、旗日なんてはやく終わらないかなあ。安心して外も歩けやしない。
(了)
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