【ショートショート】限定五食
限定という言葉には魔力がある。
限定五食と言われると、つい並びたくなるのが人間の性だ。
うちの近くに有名な洋食屋があって、午前十一時半になると、ずらりと行列ができる。目的は一日限定五食で提供される奇跡のハンバーグ定食だ。千二百円もするから、おいしくて当然だろうと思うのだが、人は限定とか奇跡といった言葉に弱い。
限定五食がなくなると、ふつうのハンバーグ定食千五百円を食べざるを得なくなる。たった三百円の違いだが、人はそのために雨の日も風の日も並ぶのだ。
近所に住まう私は、いつも窓からその店のことを眺めているのだが、
「ああ、今日もダメだ」
と確認するばかり。
店は繁盛している。
行列を作ってしまった人は限定五食がなくなってしまっても、そう簡単に引き返すわけにはいかないからだ。
店の評判がいいのは、ふつうのハンバーグ定食でも十分満足できるからだろう。しかし、近所に住んでいる私としては、そこで妥協するのは違う気がする。奇跡にこだわりたい。
嵐のシーズンがやってきた。
今朝は強い雨に加えて強風が吹いている。
さすがに行列はできないのではあるまいか。
午前十一時。
窓から眺めると、それでもすでに四人並んでいる。
あと一人。
私はレインコートを着込むと、急いで家を出た。
店の前にたどり着き、行列の人数を数えてみる。
「一、二、三、四、五」
しまった。たどり着く前に最後の一人が来てしまったらしい。
私はいつものように撤退することにした。
くるりと店に背中を向けると、
「お客様」
と声がかかった。
店主だった。
「こんな日にありがとうございます。今日は六名様に限定のメニューを提供しようと思います」
やった。
奇跡が起こった。
嵐の六人には、奇跡のハンバーグ定食が提供された。
私たちが感動して食べている間にも、嵐はますまず勢いを増した。食べ終えて店のドアを開こうとした一人が、
「ダメだ。開かない」
と言った。
それから三日間、私と店の人たちは店内に閉じこめられた。幸い、食料だけは豊富と言いたいところだが、あるのはハンバーグの材料ばかり。もはやここには限定も奇跡もない。
嵐がすこし弱まってきた朝、
「ごちそうさま」
と言い合うと、私たちは争うように隣のマクドナルドへと向かった。
(了)
ここから先は
朗読用ショートショート
平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…
新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。