【ショートショート】杖代わり

 足腰が弱り、長らく杖のお世話になっていたが、まとまった入金があったので、車椅子を検討することにした。
 いつも行くミニスーパーに電動車椅子で買い物に来る人がいて、ちょっと羨ましかったのもある。電動車椅子はけっこう素早く、杖をついてフラフラ歩いている私をいつも一気に追い抜いていくのだった。
 デパートに行ってみる。車椅子は介護コーナーにあった。
 何台もの車椅子がずらりと並んでいる。やはりデパートに置いてあるのは高級な品なのか、デザインもいい。
 店員が近づいてきた。
「どのような品をお求めですか」
「足腰が弱ってきたのでね。杖代わりに、と考えてきたんだが」
「なにか条件がございますか」
「電動がいいな」
「電動にもいろいろございますが」
「たとえば?」
「最新機種ですと、VR対応、人工知能対応、ドローン対応などがございます」
「ぜんぶ付いているのがいいな」
「了解いたしました。いますぐご利用になりますか」
「そうだな。そうしよう」
 こうして私はSV4000のオーナーになったのである。いちいち型名を呼ぶのは面倒なので、エスと呼ぶことにした。
「では、まずこのゴーグルをお付けください」
 イメージしたものよりはかなり小型のゴーグルをつけた。視野の右上にいろいろな情報が流れていく。
 ゴーグルにはマイクも取り付けられていた。コマンドを音声で入力するらしい。
 耳元から声が聞こえた。
「お名前と生年月日をお聞かせください」
「田中一郎、1960年4月23日」
「お住まいのご住所は?」
 私は次々と答え、人工知能は知識を増やしていった。
「それでは出発します。目的地を設定してください」
「自宅でいいかな」
「了解です」
 すーっと車椅子は動き出し、エレベーターに乗って、屋上に行った。
「えっ」
 私は驚いた。
「一階じゃないのかい」
「はい」
 エスは、パタンパタンと四輪を横に倒した。ぶーんと音がして、車椅子が浮き上がる。そのまま、ビルの外に飛び出した。
「わあ」
 私は腰を抜かした。もっとも、腰を抜かそうがどうしようが、車椅子にはあまり関係がない。
「ドローン機能でございます」
「あ、そういえば、そんなことを言ってたな」
「このままご自宅に向かいましょう」
「う、うんうん」
 ゴーグルから外を見回すと、けっこうな数の車椅子が飛んでいる。
「いまはこういうのが流行りなのかい」
「そうでございますねえ。混雑しませんし、人との接触もありませんから安全です」
「なるほど、コロナ対応も万全ってわけだ」
 エスは一時間ほどかかけて、私の自宅に到着した。
 玄関の前に着地すると、
「では、お立ちください」
 という。
 私が立ち上がると、エスはパタパタと折り畳んで変形し、ロボットの形になった。右肩を支えてくれる。
「至れり尽くせりだねえ」
 私たちは家の中に入った。私はソファにおさまる。
 エスはどこからかエプロンを探してきた。
「なにかお作りしましょう」
 といって、冷蔵庫の中を探索している。
 車椅子というより介護者だなと私は思った。

(了)

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