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【ショートショート】設定

「おかえりなさいませ」
 どこからともなく声がした。
 田中と妻は顔を見合わせた。家具家電付きのマンション。家をリフォームするので、一ヶ月限定で借りた部屋だ。
「ただいま。君は誰だ」
「私はこの部屋の案内を担当するAIスピーカーでございます」
「そうか」
「はじめまして、お名前をお聞かせ願えますか」
「田中光男という」
「私は田中のりこ」
「光男様とのりこ様。お部屋の温度はいかがでしょうか」
「ちょっと寒いかな」
「暖房をお入れします」
 はじめての出会い。スピーカーはさままざな質問を繰り出してきた。
 個人情報管理はどうなっているのかと思いつつ、質問に答えていく光男とのりこ。
 そのうち話題がつきると、AIスピーカーは提案をしてきた。
「ペットはいかがですか。この部屋はペット可となっております」
「ペットをレンタルできるのかい」
「もちろんです。猫、小型犬、ハムスター、ウサギ、その他いろいろ対応しております」
「あなた、私、猫が飼ってみたいわ」
「しかし、私たちがいるのは一ヶ月。その間に情がわいてしまったらどうする」
「その場合は買い取りも可能です」
「そうか……」
「カタログを表示します」
 テレビに次々と猫の姿が表示された。
「あらまあ、かわいい」
 のりこはすっかりテレビ画面に食いついている。
「さっきのフワフワした茶色の猫がいいわ」
「了解いたしました。すぐに取り寄せます」
 翌日、猫が届いた。
「名前をつけてください」
「ノンちゃんがいいわ。ノンちゃん」
「にゃん」
 と猫が答える。しつけの行き届いた、かわいい猫。
「こんにちは」
「突然、なんだ」
「翻訳モードでございます。私は猫語にも対応しております」
「そんなバカな」
「にゃお」
「お腹が空きました」
「エサはあるのかな」
「はい。キッチンの戸棚の下に届いております」
 のりこがさっそくキャットフードをエサ皿に入れてくる。
「はい、ノンちゃん、ごはんよ」
「水も取り替えたほうがよろしいのでは」
 このAIスピーカーはものごとを先回りをして喋る傾向がある。
「君はちょっと饒舌すぎないかい」
「はい。現在、饒舌レベルは四です。前のご主人が無口な方だったので、そのように設定されました」
「三にしてくれ」
「はい。饒舌レベルを三に設定します」
 AIスピーカーはちょっと静かになった。
「にゃあにゃあ」
「私をもっとかまって」
「さあ、膝の上においで」
「今日の昼間はずっと私の膝の上にいたのよ」
「ちょっと甘えっ子だな」
「調整いたしますか」
 とAIスピーカー。
「そんなことができるのかい」
「電子頭脳を埋め込んでおりますので、いかようにも可能です」
「そうか。では、ちょっと甘えっ子レベルを下げようか」
「いやよ。私はこのくらいがちょうどいいわ」
 軽い口喧嘩がどんどんエスカレートし、のりこは過去のもめごとまで持ち出してくる。
 田中はちょっとげんなりした。いくら人間らしいほうがいいといっても限度がある。
「喧嘩モードオフ」
 というと、のりこはぴたっと黙った。
 ノンちゃんが膝の上でゴロゴロいっている。
 あまり思い通りに行きすぎるのも味気ないかなと田中はすこし反省した。

(了)

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