【ショートショート】素顔

「へんな顔を撮らないでよ」
 とよく怒られる。
 私が写真を撮ると、なぜか数瞬、シャッターを押すタイミングがズレてしまうのだ。
 相手がふっと気を抜いた瞬間の顔を撮ってしまう。申し訳ない。
「でも、逆に考えれば」と私は都合のいいことを考えた。「これって素の表情を撮れてるってことにはならないかしら」
 だとしたら、なかなかのお値打ちモノである。作った表情やポーズにはなにかしら空々しいものがあるからだ。
 私は試しに自分の撮った写真をいろいろな雑誌や週刊誌に売り込んでみた。
「素の表情を撮れます!」
 と自信満々に言い切っていると、週刊誌がアイドルのグラビアを撮らせてくれることになった。
 向こうはポーズや表情を作るプロである。私は緊張して現場に臨んだ。
 敵もさるもの。なかなか作った笑顔を崩さないが、数百枚撮影した中には、モデルがそれまで見せたことがなかったような素の表情やポーズを崩しかけた姿もあった。
 私はそれらを選んで編集者に送信した。
「これはいい」
 編集者は喜んでくれた。
 私の仕事は徐々に増え、経済人や政治家の写真まで任されるようになった。
 週刊誌が求めているのは政治家の凜々しい顔ではない。怒りが剥き出しだったり、無能そうに呆けている表情のほうが喜ばれる。
「えっ、今日はあいつがくるの」
 と有名人に用心されるまでになった。
 両議院総選挙で政治家がみんな緊張している時のことである。私は街頭演説の写真を撮っていた。終盤ともなると、応援に党の重鎮や総理大臣が入ったりする。
 確認していると、撮った私が驚くような邪悪な表情が写真におさまっていた。総理大臣の写真である。
 週刊誌はその写真を載せた。案の定、クレームがついた。だが、そんな圧力を吹き飛ばす勢いで、私の写真はネット上に拡散した。
 私はさらにいろいろな政治家の表情を集め、ネットに公開した。邪悪な顔をした政治家たちはみんな落選してしまった。

(了)

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