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【ショートショート】袋小路荘

 田中はうつになり、治療に専念したが、なかなか治りきらない。もともとうつには寛解という状態はあっても、完治はないのかもしれない。
 会社は一年ほどで解雇となり、金の切れ目が縁の切れ目で、家族も解体した。
「あなたまだ働けるでしょ」
 と言われて、生活保護も受けられない。
 人生どん詰まり。
「もうどうにもなりません」
 と主治医に泣きついたら、袋小路荘というシェアハウスを紹介された。
 なにもしなくても食う寝るという最低限の生活環境は保証されるそうだ。
 十六畳間に二段ベッドがずらりと並んでいる。
 田中の上の段には鈴木がいた。
「オレなんか、小四からだぜ」
 不登校になって以来、ずっとひきこもりつづけているという。親が亡くなり、遺産もなくて、ここに引っ越して来た。
 自分はそこまでじゃないなと思い、田中はすこしホッとした。
 なにも心配事がなくなって、のんびり。
 昼間は散歩、夜は図書館で借りた本を読むことができるまでに復活した。
 そろそろ働けるかなと思い出した頃、袋小路荘の家主から声がかかった。
 このシェアハウスを運営している袋小路株式会社が仕事を斡旋してくれるという。
 最初は人にあまり接することがない仕事、夜のガードマンからスタートし、田中は徐々にハードルを上げていった。
 ついに不動産会社に就職。これは田中のもともと働いていた業界だ。
「もう大丈夫そうです」
 と田中は大家に報告した。
「そりゃよかった。頑張って働いてください」
「で、そろそろ外に部屋を借りて独立しようと思うのですが」
「は?」
 大家は怪訝な顔をした。
「あなた、ここでずいぶんいろいろなお世話になりましたよね。回復したとたん、出ていっちゃうんですか」
「あ、いや、すみません」
 田中は頭を下げた。そういう不人情な真似をしてはいけない。
 田中が稼いできた賃金はシェアハウスの運営に回されることになった。
「ハマっちゃったね」
 と鈴木が笑う。
「一度、迷い込んだら抜け出せないのが袋小路だよ」
「鈴木は袋小路の勝ち組だな」
「へへへ」
 その後、田中は就業者のほとんどが袋小路株式会社の斡旋によるものだと知る。袋小路株式会社は日本最大の人材派遣会社だったのだ。

(了)

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