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【ショートショート】天国
いよいよ死が目前にやってきて、私はいろいろなことを思い出した。思い出すのはだいたい幼いときのことである。
小学生のときに「大きくなったらフクロウになりたいです」と作文に書いたことを思いだした。あのとぼけた風合いの顔が大好きだったのだ。
天国の門をくぐるとき、私は神様から、
「おまえは何になりたいのだね」
と聞かれた。
私は、ついさきほどの追憶の影響もあって、
「フクロウです」
と答えてしまった。
「ほう。人はふつう、また人になりたいというものだがな。めずらしい者もいるものだ」
と神様は感心したようにいうと、杖を振った。
私は森の中にいた。
願いはかなったようだ。
森の哲学者と呼ばれているのは、たんに昼間、光がまぶしすぎて、目を閉じているせいだとわかった。瞑想っぽく見えるが、まぶしさに困っているだけなのである。
明るい昼が通り過ぎ、夜の暗闇がやってくると、私は活動を開始する。ネズミや昆虫を捕獲するのだ。私の耳は顔の前面にあり、左右非対称だ。そのため、音の位置まで正確にわかる。小動物がたてる小さな物音がそのまま位置情報となる。
私は哲学者の仮面を脱ぎ捨て、森のハンターと化す。
そして、満腹するまで食べると、また木の枝でじっとする。人間は私の昼間の姿しか知らない。
やがて番いとなると、私には子どものエサを取ってくるという任務が与えられた。ひたすら毎日ねずみ取りを続ける日々。血のしたたるネズミを渡すと、彼女はネズミの体を切り裂き、子どもたちに与える。私は休む間もなく次の猟に出かける。野生のフクロウ生活はけっこうハードだった。
野生のフクロウは、八年くらいの寿命しかない。いく世代か、子どもたちを育て上げると、まもなく私の寿命は尽きた。
天国の門にやってきた。
神様は、
「おまえは何になりたいのだい」
とおたずねになった。
私は記憶をさぐった。なにもなかった。
私は言葉をさぐった。なにもなかった。
ただ黙っていると、神様は、
「では、しばらく待機していなさい」
といって、天国の門を通してくれた。
(了)
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