【第十三夜】気の利かない男
真夜中に目が覚めた。
昨日寝る前、かーちゃんが具合悪くて寝てるのをいいことに、内緒で冷蔵庫を開けてジュースを飲んだからだ。
暗い中、ちょっと怖いけどトイレに行く。おねしょしなくてよかった。明日、かーちゃんが元気になってますように。
「とーちゃん、ケーキ買いに行こうぜ」
かーちゃんの誕生日がやってきた。ちょうど日曜日だから、とーちゃんと3人でディズニーに行く約束をしてた。なのに、肝心のかーちゃんが昨日風邪をひいて、熱が38度?もあるとかで、とーちゃんがお出かけ中止を宣言、かーちゃんは「ごめんね」と言って薬を飲んで、朝からずっと寝ていた。
「そうだな、お母さん、今日誕生日だもんな」
「あの、かーちゃんが好きなやつ、ふわふわの、あれ、オレも好きだし」
最近の幼稚園じゃ「ボク」なんて言ってたらバカにされる。だから、家でも「オレ」って言うようにしている。子どももいろいろ大変なんだよね。
「よし、じゃあ久しぶりにあれ買いに行くか」
寝ているかーちゃんの枕元に「かいものいってくる」と書いたメモを置いて、オレはとーちゃんと2人、買い物に出かけた。
電車に乗って、駅を降りて、何回か道を曲がって、狭い道に入ると、たくさんお店が並んでいて、そん中に赤い屋根の小さなケーキ屋さんがあった。
お店の中をのぞいたら、オレと同じくらいの女の子がおじーさんと一緒にいて、ちょうどケーキを買っていた。
とーちゃんが店のドアを開け、オレが先に勢いよく店の中に入っていく。女の子が店から出ようとして、とーちゃんはドアを押さえたまま「どうぞ」と言って女の子を先に通した。次におじーさんがとーちゃんに頭を下げて出ていき、とーちゃんが店ん中に入ってきた。
「いまのコ、可愛かったな」
とーちゃんがニヤニヤしながら言う。
「そうか?オレ、全然タイプじゃない。早く買って帰ろうぜ」
とーちゃんはオレの話を聞いていないのか、ずっとニヤニヤしていた。まあ、ほんとはめっちゃ可愛いいなって思ったから仕方ないけど。
お店でかーちゃんが好きなチーズケーキを買い、家に向かう電車の中で、オレはさっき会った女の子のことをずっと考えていた。またあそこに行ったら、会えんのかな?
駅を降りて、とーちゃんがうどんの材料を買うといってスーパーに寄った。かーちゃん風邪の時は、たいていうどん食いたいって言うからな。
家に帰ると、かーちゃんは起きていて、パジャマのまま台所でジュースを飲んでいた。あ、ジュース減ってるのバレてないかな?
「おかえり。何買ってきたの?」
「かーちゃん、ただいま!熱下がった?」
「うん、下がったよ。だいぶ楽。お腹すいたー」
「美優、何度?」
とーちゃんが心配そうに聞く。
「37度」
「よかった」
とーちゃんがかーちゃんの頭を撫でている。うちのとーちゃんとかーちゃんは仲が良い。いつもオレにお構い無しにイチャついている。たまに見ていられない時がある。
「あ、かーちゃん、オレふわふわのやつ、買ってきた!お誕生日おめでと!」
オレは我慢できずに、ケーキをかーちゃんに差し出した。
「優太、ありがとう〜。食べよー食べよー」
「待て待て。いま卵とじうどん作ってやるから、メシ食ってからな。」
「えー、先にケーキでいいよ。」
「オレも、ケーキ食べたい」
「はい。2対1で、ケーキに決まりました。喬は黙って、美味しい緑茶をいれてください」
「はいはい」
とーちゃんはなんだかんだ言って、かーちゃんに甘い。鼻歌を歌いながら、お湯を沸かし始めたとーちゃんを横目に、オレは自分のジュースを冷蔵庫に出しにいく。
「オレ、ジュースにする」
「あ、優太!昨日寝る前にジュース飲んだでしょ?」
ヤバッ!やっぱバレてた。
「飲んでないよ」
「そいや優太、昨日夜中トイレ行ってたよな」
とーちゃんが余計な一言を言う。気の利かない男だ。
「あと、さっきマイキー行った時、優太、可愛い女の子見て鼻の下伸ばしてたよ」
ほんとに、全く気の利かない男だ。
かーちゃんが、きゃあきゃあと騒ぎ出し、とーちゃんとしゃべり出したからオレは無視して自分の部屋に一回逃げた。
少しして、そうっと台所に戻ると、とーちゃんがかーちゃんにチュウしていた。全く、鼻の下伸ばしてんのはとーちゃんだよ。
そんなこんなで、ディズニーには行けなかったけど、可愛い女の子には会えたし、ふわふわのやつ食べれたし、かーちゃんが喜んでくれたから、まあ、いい一日だった。
とりあえず、かーちゃんの風邪が、早く治りますように。
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