【第十二夜】泣き笑い
真夜中に目が覚めた。
手を伸ばすとそこには温かい小さな手がある。私は暗闇の中その先にある小さな塊を優しく抱きしめ、また眠りについた。
「ようじぃ、今日くる?」
「さあ、どうかなあ?」
「ねえ、ようじぃ、まだ?」
「幸子は、ほんとにようじぃが好きだねえ」
日曜の朝、目を覚ました瞬間から、幸子はようじぃはまだかとうるさい。確かにようじぃは毎週日曜にやってきて、日がな一日幸子と遊んでくれる、幸子のよき遊び相手だ。
ようじぃ……洋二さんをそう呼ぶようになったのはいつからだろう?
母が亡くなって、私はお腹に新しい命が宿っているのに気付いた。当時つきあっていた彼の子供だ。けれど彼は、「仕事もまだまだこれからだし、お金も貯まってないし、まだ結婚するには早い、今回は堕ろしてほしい」と言った。
……唯一の家族を亡くしたばかりの私に、新しい命まで消せと言うのか。
悲しみに暮れている私に寄り添うこともしない、共に人生を歩き出す覚悟もない。
思えば、彼とは楽しいことしか共有していなかった。でも生きていればつらいことも、悲しいこともある。そんな時に頼りにならない、助け合えない人とは、一緒にいる意味なんてないと思った。
私は彼と別れ、一人で産んで育てることにした。
だって……きっとこの子は、お母さんの生まれ変わりだから。
どこかで聞いたことがある。身内が亡くなった後に産まれてくる子は、亡くなった家族の生まれ変わりだと。
もちろん母とは血のつながりもないし、そんなのただの迷信だとわかっている。けれど信じたかった。母が私をひとりにしておけなくて、帰ってきてくれたんだって……そう、信じたかった。
だから我が子には「幸子」と名付けた。いまどき名前に子をつけるのは流行らないと友達に散々言われたけど……この子がお腹に宿ったのがわかったときから、もう決めていた。自分の名前、美幸から一字「幸」をとり、母の名前、佐知子の読みを借り、幸子と書いて「さちこ」と読む。これしかないと思った。
幸子が産まれてくると、洋二さんがよく手伝いにきてくれるようになった。とはいっても、洋二さんも子育ては初体験。二人して手探りだった。でも誰かが一緒にいてくれる、それだけで頑張れる気がした。
子供が産まれた後、元彼が復縁と結婚を申し込みにきたけど、もちろん丁重にお断りした。一番支えてほしかった時に、手を伸ばしたらそれを払いのけた男に用はない。
ちょうど洋二さんが家にきてくれていた。玄関で私と元彼のやりとりが平行線なのに痺れを切らして、洋二さんは泣き叫ぶ赤ん坊を抱えながら、
「美幸ちゃん、幸子、お腹空いてるみたいだぞ」
と顔を出してくれた。それを見た元彼は、
「なんだ、新しいやつできたなら、最初からそういえよ。俺、一応責任とらなきゃと思ってきたのに、もう必要ないんじゃん。」
と言って鼻で笑った。その瞬間、金輪際、顔も見たくないと思った。こんなやつに真面目に事情を説明するのも馬鹿馬鹿しい。私は淡々と言った。
「まあそういうことだから、もう私のことは気にせずに草太は草太で楽しい人生送ってください」
「ああ、そうするよ。しかしお前、男見る目ねえな。……ジジイかよ。」
そう吐き捨てながら勢いよくドアをバタンと閉め、不機嫌そうな靴音を鳴らして帰っていった。
「美幸ちゃん、あんなやつと別れて正解だったな」
「……うん、でもやっぱ、ちょっとつらいね。あんなやつでも、最初は優しかったし、楽しかったからさ」
「ま、そうだよな……。泣いてもいいけど、とりあえず幸子にえさやってくれない?あ、えさじゃない乳」
そう言いながら、洋二さんは幸子を私の方に差し出した。
「ちょっと、洋二さん、えさって!乳とか!間違いじゃないけど、私も幸子も人間なんだからね」
私は幸子を抱き受けながら、泣き笑いした。
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