変な話『ささくれトリガー』
栗山トオルは、ここ数日間足の裏に刺さった、畳のささくれに悩まされていた。
右足を踏み込むと、チクリとトオルの足の裏にちょっかいをかけて来る。その度に確認するが、靴下には見つからず、わざわざ靴下を脱いで確認をしても、チクリの正体は姿を現さなかった。
チクリは、気を抜いた頃にやってくる。
それまでどれだけ気分が良くても、チクリとくる度に、怒りには出来ない小さな苛立ちがトオルの腹の下にうっすらと溜まるのだ。
しかもこのチクリは、「今か」という時にやってくる。ドタバタと大慌てで朝の準備をしている時。電話が鳴ったタイミングで鍋まで吹きこぼれそうになっている時。ヘトヘトに疲れ仕事から帰宅した時・・・。「今か」というタイミングを見計らったようにチクリとやって来るのだ。
ところがチクリの正体はやっぱり見つからなかった。
この向けどころの無い小さな苛立ちは、次第にトオルを侵食していった。そして次第にその苛立ちは周囲へと向けられていったのだ。
いつもだったらなんてこの無い、恋人の愚痴や友人の言動、母親からのメールにも苛立ちを覚えるようになっていった。
仕舞いには、街ゆく人々にも苛立つようになった。電車に乗れば、フラついて足を踏んできたOLに怒鳴り。コンビニの前に集まる若者に怒鳴り。駅前の街頭演説の政治家に怒鳴り。公園で遊ぶ子供たちを怒鳴った。
だが依然、チクリの正体は分からぬままであった。
ところがある時、急にチクリが気にならなくなった。
試しに右足を踏み込んでもチクリと来ない。どの角度から踏み込んでもチクリとは来ない。
トオルは嬉しかった。やっとこの小さなストレスから解放されたのだ。
嬉しさのあまり家を飛び出した。辛く当たってしまっていた皆に謝りたかったのだ。
ところが家を飛び出した時に、木の扉を勢いよく掴んだ。
その拍子に今度は、左手の小指の先端に木の扉のささくれが刺さってしまった。
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