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国内外の価格差の拡大・逆転を考える

5月17日の日経新聞で、「物価を考える 試される持続力(3)「安いニッポン」を逆手に コメは外、工場は内」というタイトルの記事が掲載されました。国内と国外での物価差の拡大、あるいは逆転を契機に、ヒト・モノ・カネの流れを積極的に変える取り組みがみられるというものです。

同記事の一部を抜粋してみます。

化粧品のODM(製造開発受託)で世界大手の韓国コスマックスが日本に新工場をつくろうとしている。25年以降の着工を予定し、化粧品会社から生産を請け負う。日本に供給するだけではなく、韓国や中国といったアジアから欧米まで輸出を視野に入れる。グループ売上高が約3000億円の同社はこれまで中国や韓国などで化粧品を生産してきた。日本法人の魚在善社長は「円安は輸出に追い風だ」と説明する。

23年度まで2年連続で消費者物価指数が3%上昇した日本だが、34年ぶりの円安の影響もあり、外貨換算でのモノやサービスの値段は主要国の中でなお低い。賃金もドル換算で経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中25位にとどまる。

世界の企業はコスト競争力の観点から、生産拠点として日本に関心を向け始めた。円高で海外への生産移転が進んだ1990年代以降とは状況が一変した。「安いニッポン」は日本の購買力という点では逆風となる。だが逆に攻めの一手にしようとする日本企業の動きも出てきた。

JVCケンウッドは世界シェア3位の業務用無線について、米国生産分を日本にすべて移し、北米に輸出する体制に切り替えた。山形工場(山形県鶴岡市)では生産ラインが自動化され、ロボットが製品を作り上げていく。材料費や人件費も抑え製造コストを3割削減した。部品の共通化や、ロボットの設計変更などにより生産時間も3割減らし輸出競争力を磨いた。

日用品の生産の一部を国内に戻したアイリスオーヤマ(仙台市)も日本の立地を生かす次の一手を打つ。パック米飯の輸出に乗り出し、24年には米国やタイにも広げた。海外で日本食の人気が高まるなか、成長事業に育てる。

国産米の輸出量も10年間で12倍弱に増えた。背景にはかつて高関税で守ろうと躍起になった高い日本のコメの変貌ぶりがある。米国産に比べ2倍の値段が続いてきたが、国産相場の低迷と米国産の不作が重なり22年に初めて逆転した。日米のコメ価格差の縮小は日本からの輸出戦略の背中を押している。

国内総生産(GDP)では輸出として分類される訪日消費の拡大も日本にとって追い風だ。サービス業を中心に需要増に伴う値上げや賃金アップにつながる。

帝国ホテル東京(東京・千代田)は3月、本館570室のうち約150室を値上げした。日比谷公園を見渡す客室は約10%上げ、「デラックス」の正規料金は14万円から16万円になった。訪日客需要が好調な帝国ホテルは24年に平均7%の賃上げも実施した。定保英弥社長は「質を上げて適正価格で販売する戦略を一段と進める」と語る。

私は2000年前後のころ集中的に、中国や韓国から来日した技術研修生と一緒に仕事をしたことがあります。当時、日本企業が国内ではコスト的に生産活動が成り立たなくなり国外に拠点を求めた、拠点先の人材を育成するために日本に招聘し技術指導をする、という背景に沿って来日していたわけです。

今ではまったく逆に、安いコストで生産できる日本に拠点を求めて中国や韓国の企業がやってくるというわけです。20年も経つと経済を取り巻く環境は様変わりするというのを、改めて感じます。タイへのパック米飯の輸出が価格的に成り立つというのも(パック米飯が選ばれるのは価格だけが理由ではないと思いますが)、20年前には想像できませんでした。

同記事からは3つのことを考えました。ひとつは、日本と他国との1人当たり経済力の差についてです。

同記事では、主な商品・サービスの日米価格(1ドル155円で計算)の比較表も掲載されていました。次の通りです。左から、日本、米国、の順です。

・マクドナルドのビックマック:480円、882円
・ネットフリックスのスタンダードプラン月額:1490円、2401円
・ユニクロのヒートテック・コットンクルーネックT(極暖・9分袖):1990円、3860円
・キタノホテルの5月25-26日、1人1室:11万7000円、6万5565円
・iPhone15(128ギガバイト):12万4800円、12万3845円
・フォルクスワーゲン(ID.4):514万2000円、615万8925円

この価格差が、そのまま日米の経済力の差を表しているわけではありません。経済規模や所得額の差も考慮する必要があります。

2023年~2024年にかけての日本の国内総生産は約4兆ドル、米国は約28兆ドルです。約7倍の開きがあります。国内総生産は所得に連動します。ビックマックの価格は米国が日本の1.8倍ですが、単純計算で米国人にとっての882円を日本人にとっての感覚に置き換えると、882÷7=126円ということになります。

つまりは、「ビックマックが自分の財布を痛める度合い」でいうと、日本は米国の3.8倍だということになります(480÷126=約3.8)。

仕入~加工の工程で外国比率の高いものほど値段が高いことも、改めて想定できます。外国製のスマホや自動車は、日本と米国との価格がほぼ同じです。だとすると、日本人にとっての外国製スマホや自動車は、米国人より7倍財布を痛めているということになります。1人当たり経済力の差を歴然と感じます。

もちろん、私たちの生活にとっての実質的な経済力は、所得金額と物価だけでは決まりません。例えば日本には国民皆保険制度があり、医療費への不安や医療費が財布に与える痛みは米国よりはるかに少ないことが想定されます。そのうえで、全体的、平均的な所得水準の人が日用品のために支払う購買力は、米国のほうが大きいことがうかがえます。他国との比較でも同様のことが想定されます。

物価を上回る賃上げが重要であるということが、改めて確認できると思います。

2つ目は、輸出やインバウンド対応が、やはり有力な方策になるということです。

分野にもよりますが日本には一定の技術力、人材力、社会インフラなどの蓄積・評価があります。同記事にある企業の動きのように、これらの社会的資産を活かして生産・開発活動を行い、高価格で他国に売ることは、まだまだ展開の余地があるということです。

ホテルに至っては、日本のほうが米国よりも宿泊費が高い設定もあるようです。それでも、豊かな観光資源も相まって、インバウンド客に利用されるわけです。全面的にインバウンド消費に依存する戦略の是非は検討の余地がありますが、一定のインバウンド消費が見込める商品・サービスは、引き続き積極的に展開していくのがよいと考えられます。

3つ目は、今後の日本で人材面での課題対応がますます必要になるということです。

同記事が紹介する事例のように、日本企業による製造業の国内拠点回帰や、外国企業による日本国内への拠点進出が増えています。数十年といった長期間の時間軸でこの流れがどの程度持続するのかはわかりませんが、少なくともしばらくは続きそうです。このことは労働需要の拡大をもたらします。

一方で、国内では労働力不足という問題を抱えています。人口減少、人口高齢化、2024年問題などの環境に労働需要の拡大という要素が加わることで、今よりもさらに人が確保しにくい状況になることが想定されます。人材面での課題先進国としての色合いがますます高まりそうです。

人材確保の方法、ヒト以外の設備や技術の活用、業務プロセスの圧縮などによって、人材面での課題に自社としてどのように対応するのかが、ますます問われることになりそうです。

<まとめ>
国内外の価格差の拡大・逆転に伴い、人材面での課題対応がますます必要になる。

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