年収の壁を考える(2)
4月6日の日経新聞で、「年収の壁超え、生涯手取り増やす 厚生年金加入で大差」というタイトルの記事が掲載されました。年収が一定額を超えることで、税や社会保険の負担が増すいわゆる「年収の壁」は、労働供給力の制約の一因にもなっています。賃上げすることで、年収が一定額を超えないようますます勤務時間を減らす「働き控え」が増えることも懸念されます。
ただし、年収の壁には誤解が多く、壁を超えて働く利点が十分理解されていないということを取り上げた内容です。
同記事の一部を抜粋してみます。
同記事の図表「主な「年収の壁」とポイント」からも抜粋してみます。(一部加筆)
上記に関連して、3つのことを考えました。ひとつは、固定観念は根付くと強いということです。
私たちは、「これについては、○○というものだ」と、何かのテーマに対して一度固定観念を持ってしまうと、固着してしまい、それに執着してしまうという性質があります。それを覆すのは簡単ではありません。
年収の壁に直面してそれが行動に影響している人がいたとしたら、年収の壁に敏感ということは、社会制度に関連する情報にある程度敏感ということです。よって、多くの人が「年収の壁は実はそこまで壁ではない」「政府が音頭をとって改善しようとしている」といった情報に対して、何らか感じ取っている人が多いのではないかと想像します。
それでも、「壁を守るほうが得」のような思い込みが一度固着してしまうと、なかなかそこから離れられません。同記事を参照すると例えば、「収入増の大半は手取りの増加となるが、実際には多くのパート主婦が103万円の範囲内で就業調整している」「就業調整をしている6割弱の人が、年金額への影響に何らか気づいている(しかし就業調整している)」ということです。こうした事象も、固着の影響を表していると思われます。
2つ目は、長期的で見えにくいメリットより、短期的で見える実利のほうに目が向きやすい、ということです。
私たちには、現在(現在志向)バイアスと呼ばれるものが存在しています。将来の大きな利益(遅延報酬)より、目の前の小さな利益(即時報酬)を追いたくなることです。今すぐ手に入る手取りの現金のほうが、将来受給できるより多くの年金より重要だというわけです。
これと似たことは、もっと日常的にも起こっています。
例えば、1年後に大きな影響の出そうな問題について考え、対策を打つよりも、目先の小さな問題や享楽のために時間をつかおうとする行動です。もちろん、局面的にはそうした行動も必要ですが、先延ばしにし続けた結果、そうなることが以前から分かっていた「手遅れ」になることはよくあります。上記の年収の壁問題も、構造的に現在バイアスに通じるものがあります。
3つ目は、変わることへの不安から回避しようとするということです。
行動を変えなければ、(将来的には疑問ながら)少なくとも今すぐ新たな損失が発生することはありません。一方で、行動を変えた場合、新たな利益を得られることもありますが、新たな損失が発生する可能性もあります。そして、不安を回避して現状維持をしようとする欲求のほうが勝りやすいということです。
こうした3つの点も踏まえて、経営・雇用側のできることとしては、同記事にあるすかいらーくホールディングスの例のように、確かな情報に基づく勉強の場をつくって理解を促すことが挙げられるかもしれません。就業調整が軽減されれば、企業側にとってのメリットもあることが同社の例からもうかがえます。最終的に意思決定するのは各労働者ですが。
年収の壁に合わせて就業調整するのは、別に違法行為ではありません。また、どのような就業生活を送りたいかも個人の意思による自由です。ですので、個人で自身のライフスタイルやメリット・デメリットをよく判断したうえでの就業調整であれば、その人にとって適切な行動と言えます。
しかし例えば、将来不安への観点から民間の保険等で持ち出しをしながら就業調整をしていて、就業調整せず所得を増やしたほうがよほど将来不安の観点からも適切、しかしそのことに気付こうとしていない、などであれば、確かな情報入手と考察でより望ましい意思決定に変えたほうがよいかもしれません。
年収の壁については、以前も取り上げたことがあります。よかったらご参照くだされば幸いです。
<まとめ>
固定観念やバイアスで、本来ありたい状態とは違う意思決定をしているかもしれない。
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