見出し画像

年収の壁とは

3月18日の日経新聞で、「年収の壁解消へ支援 首相、制度見直しにも言及」というタイトルの記事が掲載されました。少子化の要因のひとつが、子育てにかかる経済的負担への懸念と言われています。世帯の経済力を高めるうえで立ちはだかっている問題のひとつに、「年収の壁」があり、この壁の緩和を意図したものと言えそうです。(私は社労士やFPではありませんので、以下の内容の厳密性は保証できないこと、ご了承ください)

同記事の一部を抜粋してみます。

17日の記者会見で一定の所得を超えると社会保険料などが発生して手取りが減る「年収の壁」の課題への対応に言及した。「106万円の壁を越えても手取りの逆転を生じさせない取り組みの支援などをまず導入し、さらに制度の見直しに取り組む」と述べた。

私自身も以前、パートやアルバイトの方の採用や管理業務等に関わっていたことがあります。その際には、この年収の壁の存在感の強さを感じました。人によって、「103万円」と言ったり「106万円」と言ったりしていましたが、「100万円を超えないラインに抑えると安心」という言い方をしている人も多く、印象的でした。

「もう少し働けるが、100万円を超えると収入減って損するからやめておく」「最低賃金が上がると、同じ労働時間でも受取額が増えてしまうため、うっかり100万円超えないよう労働時間を減らす必要がある」といった声はやはり聞きました。今後の労働力人口の減少も考えると、こうした労働制約を取り除くことが経済全体の課題のひとつだというのは、大いにうなずけます。

一方で、この壁は正しい認識に基づくものなのかは、疑問もあります。

同記事に関連し、同日付の別記事「マネーの学び 「年収の壁」 誤解を解く 就業調整、年金踏まえ検討」では、次のように説明されています。(一部抜粋)

収入が一定額を超えると税や社会保険料が増える、いわゆる「年収の壁」。パート主婦の就業調整の要因ともされ、岸田文雄首相は対応策を検討すると表明した。しかし年収の壁には多くの誤解がある。家計への影響を正しく理解したうえで働き方を考えたい。

年収の壁は103万円から150万円まで大きく4つある。壁と呼ばれるのは、その金額を境に税や社会保険料が変化するためだ。まずは税による壁からみてみよう。配偶者がいるパートの妻の給与収入が103万円を超えると所得税がかかる。これが103万円の壁だ。ただ、この水準では税率が低く、収入が1万円増えても所得税は500円増えるだけで、大半は手元に残る。

もう一つが150万円の壁で、妻の収入が150万円を超えると夫の税負担を和らげる配偶者特別控除が段階的に減り始める。夫と妻を合わせた手取りの伸びが収入増に比べ緩やかになるが、「やはり手取り減は通常は起きず、多く働いた方が有利」(税理士の柴原一氏)。

厚生労働省の「パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査(2021年)」では、配偶者がいる女性パートの2割が就業調整している。理由を複数回答で聞いたところ「103万円超えで自分に税金が発生」が50%、「配偶者特別控除などの縮小」が36%だった。ファイナンシャルプランナー(FP)の深田晶恵氏は「税の壁を越えると手取りが減るとの誤解から就業調整する人が多い」と話す。

上記を手がかりに要点をまとめると、次のようになりそうです。
・年収の壁は、税関連と社会保険料関係がある。
・税関連は、103万円と150万円で2つある。
・税の壁を超えることで手取りが減ることは基本的にない。

日本は累進課税制度が採用されています。所得が増えるに従い、増えた部分に対して次第に高い税率が課されるというものです。新たな稼ぎのうち受け取れる割合が少しずつ減っていくことはあるものの、「働いた結果受け取り総量が逆に減ってしまう」などということはありません。

103万円と150万円では、それが若干特徴的な出方をするという事象はあるものの、この基本原則は一貫しているというわけです。しかしながら、上記記事中の専門家の指摘からも、基本原則が正しく認知されていない場合がありそうです。

社会保険による壁は手取りが減ることになりやすい。勤め先が従業員101人以上の会社なら、週20時間以上の短時間労働で契約上の月額賃金が8万8000円(年収換算で106万円弱)以上などの条件を満たすと厚生年金に入る。夫の社会保険の扶養に入っていた妻(第3号被保険者)の場合、厚生年金・健康保険料負担が約15万円発生し、年収を大きく増やさないと手取り減になる。

しかし保険料を負担する一方、第3号被保険者のままでは受給できない厚生年金が将来受け取れる。仮に年収110万円で働いたとする。壁の手前の105万円に比べ手取りは減るが、将来の厚生年金の総受給額は80代前半で現役時代の手取り減を上回る。「長寿である女性は一般的にはお得だ」(社会保険労務士の井戸美枝氏)。

厚生年金に加入すると併せて勤め先の健康保険にも入ることになる。病気などで働けない場合に給与の3分の2をもらえる傷病手当金や出産手当金など、第3号にはない給付がある。障害年金も適用対象が広がる。社労士の岩城みずほ氏は「保険料に十分見合う給付があるのに106万円超えが『働き損』と表現されることが多く、誤解を広げている」と指摘する。

106万円の判断基準も知っておきたい。月額8万8000円は契約時の所定内賃金で決まり、残業代や賞与、配偶者・通勤手当などは含まない。つまり年収が106万円を超えないよう年末に残業を減らしても関係がない。しかし、パート主婦組合員が国内最大であるUAゼンセンの永井幸子副書記長は「企業の現場管理者クラスでもこれを十分知らず、106万円超えを避けるために残業減を助言することがある」と話す。

勤め先が従業員100人以下の会社なら年収130万円以上になると夫の社会保険の扶養から外れる。一方で通常の厚生年金加入基準である週30時間以上勤務などの条件を満たさないと厚生年金に入れない。その場合、国民年金・国民健康保険に加入し保険料を新たに負担する一方、将来の厚生年金受給などの利点がない。「複数ある年収の壁の中で働き損といえるのはこのケースだけ」(社労士の井戸氏)。

これを制度的に防ぐ方策は、週20時間以上勤務で厚生年金に加入できる対象企業の拡大だ。短時間労働者が全員106万円で厚生年金加入になれば、130万円の壁自体が消える。24年10月には対象企業が従業員51人以上になることが決まっているが「さらに企業規模要件の撤廃を急ぐべきだ」(UAゼンセンの永井氏)。

配偶者のいるパート勤務の人が現在年収130万円を超えていて厚生年金に未加入なら、働く時間を週30時間以上に延ばして厚生年金加入を目指すことを考えたい。家庭の事情などで時間を大きく伸ばせない場合は「20時間以上で厚生年金に入れる企業への転職も有力な選択肢」(FPの深田氏)となる。

上記を手がかりに、まとめを追加してみます。
・社会保険料関連の壁は、106万円と130万円で2つある。
・勤め先が従業員101人以上の会社の場合、106万円の壁を超えると手取りは減るが、代わりに得られる将来的な便益・不足の事態への備えによる便益の効果が、手取り減より大きい。
・130万円の壁は、本人の勤務先が従業員100人以下の会社で、週30時間以上勤務などの条件を満たさない場合は、減った手取り分だけ損となる。

上記130万円の壁で損となる条件に当てはまる場合、以下の対応が有力と考えられる。

・働く時間を週30時間以上に延ばす
・週20時間以上で厚生年金に入れる企業へ転職する。現在は従業員101人以上が必要だが、24年10月からは従業員51人以上で該当する。勤務先が従業員51人~100人の間に当てはまる場合は、24年10月まで待ってから週30時間以上で働くようにする。

一方で、次のような働き方は、かえって損するという想定もできます。そのようなことをするよりも、上記のような対応をして将来的な便益・不足の事態への備えによる便益を得たほうがお得そうです。

・仕事は好きだ(あるいは嫌いでない)し、時間ももっと有効活用して所得も増やしたい。
・しかし、壁を超えると損しそうだから、106万円を意識してそれ以上にならないよう時間調整する。
・将来不安や病気になった時などに備えて、(詳細はよくわかっていない)貯蓄型の生命保険や、掛け捨て型の医療保険に入る。

このような認識誤認の要因のひとつになっているのは、制度の分かりにくさによって意図しないメッセージとなってしまっている面と、一部実際に働き損になるケースが拡大解釈されている面があると言えそうです。この点について、冒頭の通り行政も改善を考えているということでしょう。

他方で、労働者の側も認識を改める必要がありそうです。このテーマに限らず、全体像を把握せずに印象によって自己解釈してしまうと、間違うもととなります。また、公的な制度はそれなりの検討のうえで改定が重ねられているはずですので、例えば「長い時間働くと、明らかに物理的な損をする」といったおかしな制度には、基本的になっていないはずです。

そうした原理原則をとらえる目線をもっておくことは、必要だと思います。

<まとめ>
年収の壁についての自分の印象は、実態と乖離した思い込みになっているかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?