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公平な分配を考える

11月8日の日経新聞で「超富裕層に増税検討 所得数億円超、株売却など対象 「1億円の壁」」というタイトルの記事が掲載されました。所得の多い富裕層ほど税負担率が低くなる「逆転現象」があると言われていることについて、是正する動きがあるというものです。

同記事の一部を抜粋してみます。

財務省は所得が年間数億円を超える人を対象に税負担を引き上げる検討に入った。所得の種類にかかわらず公平な仕組みとして、所得総額に対して一定の税を求める案がある。政府が進める創業支援に逆行しない設計が必要になる。

逆転現象は所得ごとの税率の違いで生じる。給与は高額になるほど税率が上がる累進制で、所得税の最高税率は45%だ。分離して課税する株式や土地・建物の売却益の所得税率は一律15%。株式などの売却が多いほど税負担が低くなる。

財務省が10月上旬の政府税制調査会(首相の諮問機関)で示したデータによると、所得税と社会保険料の負担率は所得5千万超~1億円の層で28.7%と最も高い。所得5億超~10億円は21.5%、50億超~100億円では17.2%となり、300万~400万円の17.9%より低くなる。

統計上は1億円を境に負担率が下がる。財務省は「1億円の壁」と表現し「不公平感を是正する必要がある」と説明する。政府・与党は年末にかけての2023年度税制改正で課税強化を議論する。

財務省の分析では、20年に所得1億円を超えた納税者は1.9万人で所得総額は5.6兆円。このうち非上場・上場株や土地・建物の売却益など税率の低い所得が6割だった。3割を占める非上場株の売却益は、同族企業のオーナーやスタートアップの創業者などごく限られた人が得ている。

見直しには金融所得課税との関係を整理する必要がある。株売却益などの課税強化は幅広い層に影響が及ぶ。岸田文雄首相は21年の就任直後に金融所得課税の強化を掲げたものの、市場の警戒感が強まり取り下げた。

スタートアップ支援は首相が掲げる「新しい資本主義」の重点分野だ。非上場株への実質的な課税強化につながれば、スタートアップの創業意欲をそぐ恐れもある。政府は新興企業の成長を促す税優遇策も検討する。

23年度税制改正では中間層の所得倍増に向け、積立型の少額投資非課税制度(NISA)の投資枠や期間を拡充する方向だ。所得格差に目配りし、幅広い所得層の資産形成を促す両輪での対策が大きな焦点となる。

約1年前の投稿「1億円の壁」で、この話題をテーマにしたことがあります。その際にも取り上げたことですが、このテーマについて考察するにあたっては、まず事実を押さえる必要があると思います。

事実として、富裕層が税制度で直接あからさまに優遇されているわけではありません。給与以外の株式や土地・建物の売却益の所得税率は一律で、富裕層もそうでない層も同じルールで支払っています。

また、富裕層ほどこれらの取引額が大きくなる結果、給与以外のこれらによる所得が大きくなるために、全所得を合算した時のトータルでの税率が低くなるということです。所得が増えた分、絶対額としてはより多くの税金を支払っているわけです。税金を回避できて得しているなどというわけではありません。

適当な例えですが、以下で3.の層はもっと税金を払うべきだとする意見という解釈もできます。

1.給与所得5,000万円で税金2,250万円(45%)を支払う、株式売却による所得なし
2.給与所得5,000万円で税金2,250万円(45%)を支払う、株式売却による所得5,000万円で税金750万円(15%)を支払う(税金トータル3,000万円)
3.給与所得5,000万円で税金2,250万円(45%)を支払う、株式売却による所得1億円で税金1,500万円(15%)を支払う(税金トータル3,750万円)

現状で3.の層を例えば、株式売却による所得1億円についても給与所得同様税金4,500万円(45%)でトータル6,750万円を支払うように求める、のようなイメージだとします。これは、公平さが高まる制度変更なのでしょうか。何をもって公平とみなすかの観点から、賛成と言う人も、違和感ありと言う人も、どちらもいると思います。

株式や土地・建物などの売却益が出るということは、なんらかのリスクをとって投資した結果です。上記1.の人はそのような行動をとっていません。加えて、損失を出した時に助けてくれるわけでもないでしょう。

リスクをとってうまくいかなかったらそれまで。うまくいったときには、うまくいった度合いに応じて負担率が上がっていく。社会の全体最適のためにはそれがあるべき姿である。これを公平と考えるかどうかはいろいろな意見があると思いますし、決まったひとつの答えはない問いです。

さらには、同日付の記事「「棚ぼた課税」は愚策か」で、少し違った視点から考えるヒントを見ることができます。一部抜粋してみます。

燃料高による生活苦の裏で関連産業は潤う。ならば超過利益に課税して支援に充てよう。そんな動きが世界で相次ぐが、日本は例外だ。議論に値しない策なのか。

(スペイン)想定外の利益を風で落ちた果実になぞらえ「ウインドフォール(棚ぼた)課税」と呼ばれる。約70億ユーロ(1兆円)の税収は奨学金や困窮者向け住宅にも充てる。

英国も7月、石油や天然ガス会社への超過利得税を導入し、年約50億ポンド(約8200億円)の税収を生活支援に使う。主導したのは当時、財務相だったスナク首相だ。イタリア、ギリシャ、ハンガリー、ルーマニアも制度を導入し、ドイツでも検討が進む。

「石油業界は(ウクライナ)戦争でもうけている」。バイデン米大統領も10月31日、声を荒らげた。「生産増への投資をしないなら、超過利得に高い税金を課す」

だが日本は世界の動きと距離を置く。財務省関係者も「そんな話は皆無」という。

国外の歴史を見れば超過利得への課税例は多い。原油高が続いていた1980年に米カーター政権が導入。81年には英サッチャー政権も銀行に課税し景気対策に充てた。オーストラリアは資源高で上振れした利益に課税する制度を持つ。近年はIT(情報技術)大手を念頭に「余剰利益」に課税する議論も経済協力開発機構(OECD)などで進んできた。

米シカゴ大が9月、石油・ガス企業の超過利得に課税して家計を支援する策の是非を主要な経済学者に尋ねたところ、欧州では肯定が50%に達した(否定は17%、不明が33%)。米国では肯定が38%と少なめ(同47%と16%)だが、欧米全体では肯定派が優勢だ。

「せっかくのもうけに課税しては株主や企業の投資意欲をそぐ」という批判がありながらも、国際的には「棚からぼた餅」の超過利益に対しては通常以上に課税するのが妥当だという考え方が相応に支持されているというわけです。

給与所得以外の所得を「棚からぼた餅」と呼ぶべきかは議論の余地がありますが、冒頭の検討の背景からはそのようにみなしていく動きとも感じられます。そして、国際的にもその考え方は一定の支持を受けていると見ることができそうです。

このテーマに決まった正解はなく、冒頭のような税改正となるのも、現状維持のままとなるのも、どちらも結論としてありだと言えます。

そして、このことを自社の状況とも関連付けて考えることもできます。好業績を上げて会社に貢献する人に対して、(そうでない人との差分も見ながら)どのような環境下ならどのような還元まですることを自社の方針としてよしとするのか。何を公平性とみなすかという観点から考えてみると、応用として有意義だと思います。

<まとめ>
何が「棚からぼた餅」とみなすか、そのぼた餅に対してどう向き合うべきかを定義する。

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