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賃上げを考える(3)

前回の投稿では、5月23日の日経新聞記事「賃上げ、4年ぶり高水準 22年本社調査 2.28%、好業績追い風」に関連して、賃上げと物価の動きについて取り上げました。今年の賃上げは近年にない伸びでありながら物価上昇で打ち消されていること、一方で企業側もさらなる賃上げに取り組もうとしている動きがあることを見てきました。

賃上げの要素は、大きく定期昇給とベースアップで構成されます

定期昇給は、会社の賃金規程が定める賃金テーブルに沿って昇給させることです。昇給のルールは、経験年数が増えればその分一律額を上げる、評価結果に応じて額を変えるなど、会社によって異なります。職務記述書に書かれた仕事に値札をつけるいわゆるジョブ型適用の場合は、職務記述書の内容が変われば値札が上がった分だけ昇給させます(下がれば降給)。

例えば、社員を6つの等級(階層)に区分し、3等級の基本給が30万円~35万円の賃金レンジだとします。標準的な評価で5000円、期待以上の評価で6000円、期待以下の評価で4000円昇給するルールと決めれば、評価結果に相当する金額分昇給することになります。

定年等による退職者がいて、新卒や中途採用で入社者がいて、それらの結果組織の人員構成(年齢や各階層・役職での社員の分布)がまったく変わらなければ、定期昇給があっても総額の人件費は理論上ほとんど変わらないことになります。

賃金規程に沿って昇給することは基本ルールですが、それは平時の場合です。経営難の時は昇給を凍結させる時もあります(そのような可能性についても、規程に言及があることが多いです)。各社がルール通り定期昇給できているかどうかは、経済の体温を測るひとつのバロメーターになると言えます。

一方のベースアップは、賃金テーブル自体を書き換えることです。インフレや経済発展が起これば、各社の賃金テーブルは書き換えられて増額していきます。あるいは、そうした外部環境が停滞していても、自社の経営が好調で従業員への還元やさらなる人材の引き寄せを目指す会社は、積極的に賃金テーブルを書き換えていきます。

上記の例だと、3等級の基本給レンジを30万円~35万円から31万円~36万円に上方書き換えするイメージです。

これらの整理に当てはめて考えると、「ベースアップによる賃上げが物価上昇分以上になっていると理想」と言うことができます。

例えば、入社2年目になったAさんの基本給が、新入社員1年目の基本給より3000円上がったとします。この時新たに新入社員として入社してくるBさんの基本給は、ベースアップされていなければAさんの1年前の基本給と同額になります。この間物価が上昇していれば、Bさんの賃金は1年前のAさんの賃金より価値が低いものとなってしまいます。

Aさんのほうは、確かに毎月もらえる給与は上がりますが、物価上昇分を割り引くと月々の生活がわずかしか豊かにならないことになります。

そうではなく、賃金テーブルが書き換えられて、Bさんの賃金が1年前のAさんの賃金より2000円高い額になったとします。そして、2年目Aさんの賃金も、1年目の額+3000円ではなく、テーブル書き換え+2000円の影響で+5000円(3000円+2000円)になった。その1年間の物価上昇率の影響がちょうど2000円分ぐらいであれば、賃金の価値が維持できることになります。

前回紹介した冒頭の記事では、以下のように紹介されていました。
・2022年の平均賃上げ率2.28%
・そのうちベースアップ額は2253円、ベースアップ率にすると0.72%
・つまりは、定期昇給分は1.56%
・2022年4月の物価上昇率は2.5%

賃上げのうち、ほとんどが定期昇給によるもので、ベースアップ分だけでは物価上昇分をまったくカバーできていないことが分かります。

経団連の資料によると、2020年・2021年のベースアップは2年連続で1000円未満、0.1%台だったようです。しかし、この間物価上昇率は0.0%、-0.2%でしたので、ベースアップ>物価上昇が成り立っていました。このことからも、今年の賃金相場はとても厳しい状況だというのが現状だと言えます。

厚労省資料によると、民間主要企業の賃上げ率が最も高かったのは、1974年(昭和49年)の32.9%のようです。この年の物価上昇率は、23.2%です。32.9%の賃上げのうち、定期昇給とベースアップの割合までは分からなかったのですが、ベースアップ分が物価上昇率を十分にカバーできていたのではないかと想定されます。経済が強く国民が豊かになっていた時代だと言われるわけです。

今の物価高を上回るベースアップを行うのは簡単ではありません。そのうえで、それが理想の状態であり、経営として目指していくべき姿はそこにあるという認識を持つこと自体は必要だと考えます。

<まとめ>
ベースアップ>物価上昇 を可能にする賃上げを目指す。

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