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社内の有意義な労働移動を考える

10月6日の日経新聞で、「非正規雇用、このままでいいのか(下) 生活安定と労働移動 両立を」という記事が掲載されました。ある職場から別の職場への移動である「労働移動」について、示唆的な内容でした。

同記事の一部を抜粋してみます。

人口減少社会では、成長分野や労働需要が強い分野で人材を確保する観点から、労働移動は不可欠だ。新規学卒者などがその時点の成長分野に就職するだけでは社会的な適材適所は実現できず、成長分野へのキャリアチェンジも求められる。グローバルな企業間競争や急速な技術進歩により仕事を失った人や不本意型の非正規労働者が新しい仕事に就くことも必要だ。

公共職業訓練には再就職の効果を高めることが期待される。22年版「労働経済の分析(労働経済白書)」は、介護・医療・福祉分野や機械・金属・電気分野では、比較的早く再就職する傾向があることを指摘している。一方でIT(情報技術)分野の訓練の受講者は、関連した就職をする割合がそれほど高くない。また、他分野から情報技術者への労働移動を増加させているというエビデンス(証拠)は確認できないという。

白書によると、人手不足が深刻な分野の一つとしてIT分野があり、情報通信業や製造業からの転職が多いという。これに対しサービス業からは少ない。そうなるとサービス業の経験しか持たない求職者(X)がIT分野の仕事(B社)に直接的に移動するのは難しいことが予想される。

このとき、XがIT分野で就職することが難しくても、製造業のA社で働くYがIT企業に移動し、その空いた仕事にXが就くといった玉突きの移動であれば可能かもしれない。

次に、労働移動には必ずしも会社を移る必要はないことに注意したい。生活の安定と労働移動を両立させる有効な手段として企業の事業転換もある。企業と労働者の雇用関係を維持しつつ、会社が新しいビジネスに進出するケースだ。

事業転換により労働移動を実現することのメリットは、労働者の能力や適性についての情報を持つ現在の雇用主の下で教育訓練や配置転換を通じてミスマッチを解消し、適材適所を実現しやすい点にある。

しかし事業転換が常に成功するとは限らない。帝国データバンクの20年12月調査では、新型コロナウイルス感染症により、企業の20.3%が業態転換の予定ありと回答しているが、すべてが成功するのは難しいだろう。玉突きの労働移動と事業転換の両方を活用するための知恵が求められる。

日本では以前から、労働市場の改革や雇用の流動化が必要であるとの意見が、政治家や企業経営者から聞かれる。これに対し、多くの労働者は生活の安定と向上を求めていることから、反発も大きかった。

そもそも改革や流動化は手段であり目的ではない。一方で今後の社会変化を踏まえると、労働者が安心して生活するためにも仕事内容や働く企業が変わったとしても収入が途切れず処遇が向上する新しい安定の姿を模索し、実現する方法を考える必要があるだろう。

私も個人的には、自身がIT分野へ転身するなどは想像もできない1人です。「IT企業」と聞くだけで、反応的に「自分には無理」と感じてしまうほどです。製造業の経験もありませんが、製造業ならまだそこへの転身もイメージできます(もちろん、そんなに簡単なものではないと思いますが)。上記のデータは、うなずけるものがあります。

同記事の内容に、「人事異動による企業内労働移動」を加えると、労働移動を可能にする主な要素として、次の3つが挙げられそうです。

1.新規の就職、再就職、転職などで、企業間をまたいで人材が動く
2.企業が事業転換し、旧事業に関わっていた人が同じ場所で新事業に関わる
3.企業内で人事異動が行われ、これまでとは別の仕事を行う

3.のパターンの取り組みで発生する「玉突き人事」という言葉を聞くと、一般的にはネガティブな印象を受けます。最後の玉に該当する人材以外が、最後の玉の移動の調整のために異動させられているような印象をもつためです。

しかし、同記事のXとYの動きに関する考え方を参照すると、玉突き人事は本来ポジティブな効果を秘めている取り組みだと評価することもできそうです。例えば、以下の構図です。

・自社内で今後発展させたい新規のA事業部で、活躍してもらう人材を配置したい。新規事業を成功させてきた人材を社外からも調達したいが、大半は自社の事情をよく知る社内人材の有効活用が望ましいと判断している。

・鈴木さん(仮称)は、B事業部で頑張っているが、成果は芳しいとは言えず、伸び悩んでいる。本人も環境を変えてみたいと言っている。しかし、A事業部で求められるスキルやマインドとは異なりそうだ。本人のこれまでのキャリアシートからも、A事業部のような環境・仕事を志向する様子は見受けられない。別のC事業部であれば、鈴木さんの志向にもあっていそうだ。

・佐藤さん(仮称)は、C事業部で成果を上げていて、経営陣の信頼も厚い。A事業部で求められるスキルやマインドに比較的近そうである。本人から環境を変えてみたいという話はあがっていないが、新規性のある仕事の立ち上げには以前から興味を示している。

・鈴木さんがC事業部に異動し、佐藤さんがA事業部に異動し、B事業部で新卒もしくは中途採用する。

玉突き人事を意味のあるものにするポイントは、以下だと考えます。

・大きな目的は、企業が社会から評価されて選ばれ続けるために、社会からの需要が高い分野や自社の成長分野を強化すること。玉突き人事が、全体感で捉えた時にこの目的の一環であると評価でき、組織としての競争力を高めることにつながる取り組みになっていること。

・玉突き人事に巻き込む人材に対し、人材育成・キャリア観の充足・職務満足度・職場満足度の向上につながる結果をもたらすこと。当事者の全員に対して、これらの要素を100%満たすのは難しいが、少なくとも本人にとって(ネガティブ・ポジティブのどちらかで言うとすれば)全体的にはポジティブな影響があることを想定し、上記企業目的の一環であるということも正当に説明できること。

特に大きな組織や硬直化した組織では、玉突き人事が手段ではなく目的になってしまっている例が見られます。毎年同じような時期に何らかの人事異動や組織改編を行い、「組織改革をしたことで人事の仕事をした気になっている」という事象です。これでは意味がありません。

同記事の示唆するような「有機的な労働移動」という結果になっているかどうかという観点で、玉突き人事について考えてみるとよいと思います。

<まとめ>
やりようによっては、玉突き人事もいいじゃないの。

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