現預金の保有は現状維持への投資
国連総会出席のためニューヨークを訪問した岸田総理が、9月22日にニューヨーク証券取引所(NYSE)を訪問し講演を行いました。日本の代表者が同所で講演したということは、(各論でいろいろな意見もあるかもしれませんが)その内容に今の日本を表す社会的、経済的なポイントが、一般的、専門的な見地から統合的に織り込まれていると見るべきだと言えます。
9月24日の日経新聞から、同講演のポイントを一部抜粋してみます。
同内容からは、大きく2つの点を感じます。投資の促進が大きな課題であるということ、そして、その中でも人への投資が最重要課題だということ、です。人への投資が1番目に触れられていることから、そのように感じられます。
産労総合研究所は、1976年以来毎年教育研修費用の実態調査を行って発表しています。企業の教育研修費総額と正社員1人当たりの教育研修費用を調査するものです。2021年度調査結果によると、2020年度の1人当たりの教育研修費用は24,841円となっています。前年に比べて10,787円減で、1人当たりの金額が3万円を切ったのは1999年以来だそうです。コロナ禍の影響が大きいことが、改めて分かります。
ただし、コロナ禍前の2018年度でも34,607円です。2010年度は36,797円。コロナ禍の影響に関係なく、以前からほとんど増えていなかったと評価できます。
社員の人材育成は、現場指導であるOJTなど他の方法もあり、教育研修のみで行われるわけではありません。また、教育研修も外部講師ではなく社内講師が行えば費用が安くなります。よって、上記だけで人材育成の規模と効果の全体を結論づけるのは無理があります。そうした点を割り引いて考える必要があるとはいえ、人材育成の取り組みの実情を示すひとつのバロメーターだと言えるはずです。
日本は他国に比べて、人材育成への投資が見劣りするということは、他の調査結果等でも言われてきていることです。アベノミクス以降、最高益を更新する企業が増え株価全体も回復するなど、企業の収益性も回復しました。その環境下で、人への投資を含めた投資活動が伸びておらず、この間投資を増やしていった他国企業との差が広がっていることが想定されます。
日銀が20日発表した2022年4~6月期の資金循環統計(速報)によると、6月末時点の家計の金融資産が前年同期比で1.3%増えて2007兆円となっています。そのうち、現預金が54.9%で最大となっています。
2番目に割合が高い保険・年金・定型保証と合わせると約82%となり、国が標榜している「貯蓄から投資へ」の動きは依然として限定的だということが見て取れます。この比率は、欧米などに比べてもたいへん高いものです。
少し視点を変えて、現預金での保有を「現状維持への投資」と捉えるとよいのではないかと考えます。
現預金を保有しようとする理由は、企業や個人が危機的状況に直面した時に対応できる余力を蓄えるためです。つまりは、現状を維持できるための状態を高めることへの投資をしていると考えることができます。コロナ禍の発生直後などの局面では、事業活動や生活基盤の存続に寄与しやすくなった面があるかもしれません。現状維持のための投資は、一定割合必要です。
しかし、投資の大半が現状維持のためという状態が永続するなら、当然経済・社会・個人の発展が限定された状態が続くことになります。企業も個人も、環境を見極めながら、投資先を現状維持と未来への開拓との間でギアチェンジさせていくべきでしょう。
このように見てみると、企業も個人も保有する現預金を未来投資に回す動きが限定的だという課題感が、冒頭の同講演にも表れていると、言えるのではないでしょうか。
<まとめ>
現預金での保有を「現状維持への投資」とみなして、未来開拓の投資活動とのバランスを考えてみる。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?