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競争も意識した成長

先日、ある企業様での管理職研修を実施する機会がありました。その際、社長からの管理職に向けた講話を聞く機会もありました。同社様の管理職研修には、ここ数年連続して立ち会っています。昨年も同様に社長の講和を聞いたのですが、今回特に強調していたと感じられたことが2つありました。

ひとつは、競争を意識した上での成長を追求してほしい、と訴えていたことです。「とにかく成長すること」と強調されていました。以下のような内容です。

・今日明日の管理職研修の時間をどれだけ参考にできるか、仕事で活かすかで、成長曲線の角度が変わってくる。100の自分が成り行きで105に成長して喜ぶのではなくて、周りを見ながら115を目指そうと決めて成長してほしい。会社の成長は、社員一人ひとりの成長の和だと思っている。

・会社は競合相手と競争して勝たなければならない。人も競争社会の中で生きていく。ある人が100から1年で105まで成長したとする。しかし、競合や競争相手、部下が80から120になったら、退出させられる。自分基準の成長度合いではなくて、市場基準の成長度合いが重要。これは今の日本ではあまりない概念だが、グローバルではみんなこの競争原理を意識して活動している。

・例えば日米で、学校での勉強の密度が違う。米国の学校は、勉強させる制度になっている。米国ではシャカリキになって勉強しないと卒業できない。平均でBをキープしてないとその学期で首になる。自分の米国留学時代の同級生が社会に出てどういう仕事をしているか。できる人ほどシャカリキになって夜まで仕事をしている。それは競争社会だから。

・今の日本では、残念だけどあまりない概念。しかし日本の外では、まったく違う競争環境で、上記の米国の例のほうが世界標準。自社の国外拠点でも同様。日本はガラパゴス。もちろん、たくさん残業しろと言うのではない。競争するためにどうするか、一人ひとり考えないといけないということ。今の日本は一見よいが、国全体で見るとマイナスが大きいと思う。

お話をお聞きし、私自身、ふだん競争という概念で自己成長や自社の成長について考える視点は、あまり持ち合わせていなかったように振り返っています。

競合や競争相手に勝つことを目的とする、他社・他者の動向に影響されて自社・自身の進路を決めればよい、というものではないと思います。自社・自身が何を生み出したいか、何をなしたいかが活動の土台であるべきで、他社・他者の動向は参考程度の情報にしかならないと思います。

そのうえで、お客さまの立場で考えると、やはり競争という概念は価値があると感じます。お客さまは、自社より、よりよいQPS(品質・価格・サービス)を提供してくれる競合が出てくれば、そちらに流れたいと思うからです。あるいは、まったく別の方法・形態で、よりよい解決方法を提供してくれるものが現れれば、そちらに乗り換えたいと思うのが自然です。

つまりは、お客さまに関わり合う会社や人が切磋琢磨し、競争し合えば、お客様の選択肢が増えてより良い選択が可能になっていく。その結果が経済発展。日本は他国に比べてこの点が弱い結果が、30年間経済成長なしという結果の一因になっているというのが、同社長の話の真意というわけです。

自社が選ばれ続けるためには、お客さまにとっての他の選択肢の成長を上回る成長を目指さなければならない。そのためには、競争という概念が避けて通れない。競い合うことでお客さまにとっての選択肢がそれぞれ成長すれば、それがお客さまにとっての利益にもつながる。そのような状況をつくるためには、メンバー一人ひとりの飛躍的な成長が必要。しかし、このような概念が今の日本ではたいへん弱い。常にグローバル市場の最前線に身を置き続ける同社長の言葉は、とても力強く示唆的でした。

そして、競争に関する視点として、次のことが言えると思います。

・会社が良くなり安定して来ると、チャレンジしなくなる
・チャレンジしなくなると、環境変化についていけなくなり、競争に負けて淘汰される
・競争は、先義後利と矛盾しない

不正な手段を活用して競争に勝とうとする活動は論外ですが、公正で適切な競争は自分たちの利益中心主義というわけではなく、上記で見た通り先義後利(義を先にして利を後とする者は栄える)の考え方とも矛盾しないはずです。同社長が、他国に比べて見劣りすると指摘している競争の概念について、再評価してもいいのかもしれません。

続きは、次回以降取り上げてみます。

<まとめ>
競争も意識した一人ひとりの成長の和が、組織の成長となる。

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