運命的に出会いたい

僕と彼女はまだ出会って三ヶ月か四ヶ月くらいなものなので、例えば好きなアーティストが意外に共通していたりして話が盛りあがったりする。
彼女はバンドがめちゃくちゃ好きだ。だから僕の聴く音楽を見て例えばこんなバンドもオススメだよ、と言って音楽を流してくれる。テレワークしている彼女のBGMも確かにかっこいい曲が多い。
でも不思議とそのアーティストを聴いてみようとは思わない。それは単純に今はいろんなジャズを聴いていたいという気持ちからくるものかもしれない。だけどきっとそれだけじゃなくて、そのアーティストとの出会い方に誰かが介在して欲しくないと思っているからだ。
垂れ流しにしていたSpotifyやYoutubeから勝手に流れ出した音楽や、好きな作品のアニメ化主題歌、調べ物をしているついでにたどり着いた一曲、映画のBGM……そういう場所で思わぬ出会い方をしたい。
それは多分、誰かが僕のためになにかをしてくれなくていいと思っているからだ。少なくとも音楽とか、映画とか、物語とかそういったものに関しては。

どうやってアウトプットするのかということ以上に何をインプットするのかが大事だと思う。そしてそのインプットというものは、そのもの単体の内容と同じくらいに、どんな時にどうやって自分の中に取り込んだのか、ということが大切だ。
そしてそのインプットのタイミングは、きっと予想外であればあるほどいい。インプットするものは自分から遠ければ遠いほどいい。その出会いは予期せぬものであるべきだ。
予期していなかった、だけどとても好きになった。この予期していなかった、というのが大切だ。元々そこにあったのだけど、本人はその存在に気づいていなかった空間。その空間の存在に気づくということは自分の中に取り込めるものの量が一気に増えることであり、それは自分の新しい可能性を示すものである。自分にはまだまだ楽しめるものが無限にあるのだ、という自信がその空間には隠されて溜め込まれている。僕達はその自信を外に出し、空いたスペースに作品の内容や思い出を積み重ねる。そのうちにそのスペースが一杯になる。そうするとなんだか面白みがなくなってくる。これが飽きるってやつだ。

人からおすすめされるということは、つまりそれは既に自分の中で照らされたスペースにものを置くことである。スペースには限りがあるので、いつかいっぱいになってしまう。つまり飽きてしまう。
飽きてしまえば今自分が楽しんでいるそれを楽しむことはできなくなってしまう。その瞬間はいつかやってくるのだけど、でもそれは少しでも遅い方がいい。すくなくとも、そこに至るまでの道のりはできる限り自分自身で責任を持ちたい。

だからこそ僕は、人にあまりおすすめを聞かない。聞くとしたら、まったくもって知らないジャンルのことを詳しい人に聞くだけだ。聞くのもそのジャンルのマスターピースをいくつか聞いたらあとは自分で調べる。もしくはそのマスターピースの中で好きになったものをひたすらに繰り返す。そしていつか来るかもしれない運命的出会いを待つ。そうやってそのスペースの中に置くものを管理したいと思っている。

まあもちろんおすすめされるのが嫌いなわけではない。ただ人におすすめを聞こうとあまり思わないだけで、その理由をちょっと考えてみただけだ。ただそれだけの話。
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お気づきの方もいるでしょうが、なるべく毎日日記を更新しています。少なくとも仕事を辞めるか、辞めないと心変わりをするまでは続けるつもりです。首尾よく辞められたとしたら、そのまま無職日記をつけようと思っています。
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