水着のなかを泳ぐ体~かすみ嬢の居場所(66)


 パンパシフィックに続いて、アジア大会が行われている今、水泳やってた頃を思い出す。

 競泳用の水着って、特別なグローブみたいなものをつけなきゃ一人では着られないくらい、伸び縮みしなくて硬い、きついものなのね。最初慣れないうちは30分も、慣れても10分はずっと格闘しなければ着られなかった。
 それが、どんどんゆるくなって、あんなにピンって張っていた生地に皺が寄るようになって、Sサイズの水着なのに、ものの1、2分で抵抗なく着られるようになった。
 その喜びと哀しみがわかりますか。
 抵抗をなくすために極力体を押さえつけピンと張っていた生地が、ゆるむようになって、泳いでも体と水着の間に水が流れ込んでくるようになるの。
しまいには、プールの水温の低さに体の震えが止まらなくなって、まともに泳げなくなっちゃって。

 それをすごく思い出して、胸が苦しいよ。
 もう泳げないってうすうすわかり始めた絶望感と、それを上回って痩せたいって欲してしまう気持ち。泳げなくなった体と、水着のなかで泳いでるような体。それでもあの頃の私は、今より10キロくらい重いのだけど。

 もっとも、
「水泳やってた頃を思い出して苦しいんです」
 なんて人に言うと、
「また泳ぎたいんでしょう、体重増やせば泳げるよ」
 なんて言われるけど、そうじゃない、そうじゃないんです。
 あの頃が懐かしくて苦しい。それでも痩せたことを後悔はしてなくて、あの頃に戻れたとしてもまた同じことをするでしょう、泳げなくなると知っていても。それに、今さら増やしてもあの頃と同じ速さで泳げることは今後一生ないから、それなら泳ぎたくないんです。
 思い出しては感傷に浸る、ただの自己憐憫。

 そういえば、もうプールに入るのが寒くてまともに練習できなくなりつつあったとき、
「かすみはお肉食べるんだよ、お肉」
 って言ってもらったことも、唐突に思い出しました。
「はい」ってお返事して、その後、お肉…食べられるお肉…って必死にいくつものコンビニとスーパーをハシゴしたな。
「暑いからって西瓜とか胡瓜とかばっかり食べてるんじゃダメだよ、明日の練習に参加したいんなら体力つくもの食べなきゃ」
 って言葉に続けての台詞だったから、それはもう必死で、カロリー見比べて。サラダチキンでさえ100kcalはある、なんでこうもあるんだろうって絶望して。結局、ささみのいちばん小っさなパックを買って茹でたはいいものの、食べられなかったなぁ。
 それからひと月もしないうちに水泳はやめました。

 今、彼女はどうしてるかな、元気かな。

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