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全員オムライスを見たことがない!?「Yahoo!知恵袋」の限界に挑み、まかないを作る中東生活

あらすじ
魅惑の本屋がヨルダンにあったので「ここで働かせてください!」とアタックし、本屋に住み込んで暮らしていた話。

●本屋の夜、イタリア人の疑問

ここは自由気ままなヨルダンの本屋。当店に「閉店時間」などあるはずもなく、「そろそろ閉店かなと思ったら」店を閉める。そんなヨルダン感覚にも慣れつつあった。

そうして営業時間が終わると、スタッフ8人みんなでキッチンに集まって夜ご飯を食べる。寝るまでは自由時間。そんな生活だった。

ご飯はキッチンで立って食べることが多かった。椅子は早い者勝ちで、キッチンカウンターに座ってもいい

就寝時、私は、イタリア人スタッフのラウラと同じ部屋を共有していた。彼女はベッドに入るとネットフリックスで、恋愛リアリティーショー『テラスハウス』を観るのが日課だ。イタリアには「告白」の文化がないため、日本の恋愛模様が面白くてたまらないらしい。

私たちの部屋。ベッドでヨガをするラウラと、邪魔する猫

ある日、いつものようにテラスハウスを真剣に観ていたラウラが動画を止め、隣のベッドから呼びかけてきた。「フウ?」「なに?」「オヤコドンって…何?」

私は「チキンとエッグが、オンザ・ライス。おいしいよ」と伝えた。どうやら番組に出演しているカップルか誰かの会話に「親子丼」という単語が出てきたようだ。

ある日の夜、また同じように聞かれた。「フウ?」「なに?」「オムライス…って、何?」

「柔らかい卵が、ケチャップライスに乗ってるの」「へ〜!私、食べてみたい…」そこで会話は終わり、私たちはまた各自、何事もなかったかのように、各々のスマホタイムに戻るのであった。

●本屋のまかない当番

ところでこの本屋に住んでいて面白いなと思ったのは、料理をローテーションで作る「当番」も無ければ、固定の「まかない係」もいないことだった。

じゃあ誰が作るのかというと、「自分、作ろうかな?」「そろそろご飯食べたくなってきたな?」と思った人である。


その「おもむろに作り始める」人が自然と現れた時が、我々スタッフの食事時間となる。よって、いつ作り始めるのか・そもそも現れるのかによって、食事の時間や有無は本当にまちまちであった。

私はというと、このヨルダン滞在中、一度も料理をしない魂胆でいた。

ヨルダンの料理(美)

なぜなら、みんなの作ってくれる各々の国の料理があまりに美味しすぎたので、ずっと「食べ専」でいようと企んでいたからだ。

ちなみにラウラは、「私、本っ当に!料理できないの!泣」と言っていて、なんか本当っぽかったので、誰もラウラに料理を頼むことはなかった。


●あれ?あなた、まだ作ってないよね?

本屋の髭もじゃ店長と、後ろで呆れ気味のラウラ

だいたい料理を作ってくれていたのは、店長だ。日々の6割ぐらい。3割は「本屋の母」的存在アリスが美味しいパスタを作ってくれていた。残りの1割は、差し入れだ。

「差し入れ」でよくあったのは、イラクから移住してきたスタッフのママの、お手製のピラフ。

他には、本屋の常連さん(ムキムキ目医者)からの差し入れも時々あった。彼が時々「今日はお前たちにメシを持ってきたぞ!!」と言って、スタッフ以外立ち入り禁止」の部屋にズコズコ入ってくる日があったのだ。

そんな幸せなヨルダン食生活を送っていて、3週間ほど経った時か。ふと店長に言われた。「フウ…そういえば、料理まだ作ってないよね?」

うわっ!ば、バレた!!!!!

「ふっふっふ。よし、明日の夜ご飯はフウね!明日だぞ!よろしくー!」そんなわけで超突然、私がまかないを務める日が誕生してしまった。

私は腹をくくった。「ヨルダンで寿司を振る舞いたかったけど、魚も無いし、醤油も無いし、どうしよう…」「そうだ、オムライスはどうだろうか?」。スタッフに聞いて回ったところ、なんと本屋にいた全員がオムライスを食べたこともないし、見たこともないのだという。

私がオムライスを作ると知って、ラウラは本当に楽しみにしてくれていた。「作り始める時、絶対呼んでね!私まず、米の準備から生で見てメモ取りたいから!」

●中東でオムライス、制作の悩み

包丁はたくさんあるが、どれも切れ味は最悪。店長は「フウ、包丁研いでおいてよ。日本でいつも刀を研いでるみたいに」

料理にあたって困ったことに、本屋スタッフのうち半分は「ベジタリアン」。つまり肉を食べない。鶏肉やコンソメ、ベーコンなどで「うまみ」を入れないオムライスなんて、本当に美味しいものができるのだろうか…?

もし淡白な味になって「ふ〜んオムライスってこんなもんか」と思わせてしまったら最後、私はオムライスに向ける顔がなくなり、日本への帰国は当然禁止される。

とぼとぼとスーパーの「米売り場」に下見に行ってみたら、あった米は細長い「タイ米」のみ。しかしもちろん説明書きは全てアラビア語なので、タイ米かどうかすら私の予想に過ぎないし、炊飯器無しでどうやって炊くかも分からないけど、もう、やるしかない…。

●米を炊くのも一苦労

ついに当日。私は「本当にできるんかいな」と思いながら、とりあえずオムライスを作り始めた。勉強熱心なラウラが「なるほど。鍋に水を張って、米を蒸すのね」と熱心にメモをしている。

さっき日本語で「鍋で米 炊き方」と調べたら「30分ほど蒸す」と書いてあったので、やってみた。しかしなぜだろう、10分で炊けた。不可解だ…。「千夜一夜物語」によると、これはアラブの魔法によるものらしい。

心配していた「旨味」の要素は全て、キノコ類に託すことにした。私はスーパーでいろんなキノコを買ってくると、持ち帰ったキノコ全員と「頼んだからな」と熱い握手を交わし、フライパンに入っていただいた。

異国のオーラがぷんぷんするスパイスたち

あときっと、スパイスも入れた方がいだろうな。本屋に備え付けの調味料を見ると、ふむ、ラベルの文字が消えておりよく分からない。まあ消えていないとしてもアラビア語なので依然分からないが。

でもやっぱり入れないよりは入れた方が美味しいだろう。私は腹を括っていろんな瓶を開け、「もうどんな味になっても、知らないからね!?!?」と半泣きで振りまくった。

そうして出来上がった、中身のライス。なんだか不思議なことに、めっちゃ美味しかった。よかった。泣

●ふわとろ卵の調査の謎

続いて卵だ。ここで問題が起きた。ヨルダンで作るオムレツって、ちょっと半熟にしても大丈夫なのだろうか?涙 私はせっかくなら、ふわとろオムライスを作りたかったのだ。

よし、またGoogleに相談だ。「ヨルダン 半熟卵 大丈夫?」で検索。

なぜだろう?何もヒットしなかった。

あれ?何もヒットしない?もし「ヨルダンで半熟卵を食べても大丈夫か」と疑問を持った日本人は今まで、ほとんどいなかったとしたら・・。日本人は一体、今まで何をやっていたのか?

仕方なく範囲を広げて「中東 半熟卵 安全」と検索してみると、「発展途上国では、卵を完全に加熱した方がよい」という記事を発見。うわ〜〜発見してしまった。もう、ふわとろ卵は諦めるか…。

・・しかし待ってくれ。

ヨルダンは発展途上国だなんて、誰が決めた?

ということで念の為、ヨルダンは発展途上国かどうか念の為確認すべく、キッチンでピコピコと念の為「ヨルダン 先進国 判断」「ヨルダン 発展 現状」などと念の為調べていた。

ちょうどイギリス人スタッフのデイビッドがキッチンに来たので卵について相談すると、「大丈夫だよ。だって僕は毎朝この店で半熟の卵を食べているからね。もう一つの理由として、僕は発展途上国という言い方が好きじゃない」とにっこり言ってくれた。理由が1つでもありがたいのに2つも述べられるなんて、さすが英国紳士である。

●初めてのオムライスは「食べ方が分からない」?

卵を焼く時は、隣でラウラが固唾を飲んで見守ってくれた。加熱し過ぎないようにして、なんとかふわとろのオムレツが完成し、ご飯に乗せた。

中を半熟にし、縦に切れ込みを入れたらパカっと割れて広がる仕様に

さて、やっとのことでできたオムライス。テーブルに並べてみんなを呼び、いただきます…!ってあれ、みんなキョロキョロして、どうしたの?

みんな「フウ、このケチャップは、何にかけるの?」
私「オムライスにかけるんだよ」

するとみんなびっくり仰天。「えっ卵にケチャップをかける!?私はやめておこうかしら…」「うーん、僕はちょっとだけ『卵とケチャップ』に挑戦してみようかと思う!」など困惑し始めた。

「そんなに覚悟を決めることか?」と思ったが、この組み合わせにみんなかなりの抵抗というか違和感があったようだった。

ケチャップをかけないで、美味しいのだろうか

すると、第二次キョロキョロ現象が始まった。「今度はなんなんだ?」

「ねえフウ、これはどうやって食べるの?ライスだから、箸かな?」「いや僕は、オムレツだからフォークで食べると思う

私がテーブルに並べたのは、スプーンのみ。「このスプーンで食べるんだよ」

するとまたまた超びっくり。「えええ!?米をスプーンで?」「オムレツなのに?」と、確認された。思い返せばみんな、ピラフの時もフォークで食べていたっけ…?

みんなは「分かった。なんか面白いし!スプーンで食べるわ!」とスプーンで食べてくれた。(もちろん、何が面白いのかはさっぱり分からない)

フランス人のアリスだけが、「うーーーーーん。私の中でスプーンは『液体用』というか『スープのためのもの』だから、どうしても違和感があって。」と途中からフォークで食べ始めたので、「どうぞどうぞ」と促した。

「オムライスは個人の哲学・倫理観に基づき、好きなように食べてもいい」とコーランで定められているためだ。


●オムライスも初体験の「性別診断」

食べ始めると、みんな美味しいと言ってくれた。よかった。。。正直、嬉しいというよりも、安堵が断然大きかった。

食べながら、名詞「オムライス」は男か女か?という話をした。イタリア語やフランス語など一定の言語では、全ての名詞に「男」「女」といった性別があり、名詞の性によって文法を使い分けている。新出語彙の「オムライス」が出てきたら、どう表現するのかとスタッフたちが話し合っていた。

みんなは「オムライス」を使った例文を早口で言って音の感覚を探ってみたり、真剣に考え込んだりなど色々試し、最終的に「名詞『オムライス』は、男である」と判決が下された。

理由を聞くと「フィーリングにしか過ぎない。でも『米』が男であることは大きい要因だと思う」とのことだった。

オムライスは男。もしYahoo!知恵袋で「オムライスって男ですか?女ですか?」という質問を見かけたら、「男らしいですよ」と回答してあげよう。

お礼の知恵コインが500枚でなければ、解答は控えるつもりだ

ところで…。オムライスを食べる前に、想定外のいろんなイベント、例えば「フォークで食べる人〜?」「私の分もフォーク取ってきて」「ケチャップかけてみる?どうする?」などが発生したりして、食べ始めるまでに結構な時間がかかった。

そうして私のオムライスに乗っていた「ふわとろ卵」は、余熱のパワーで全体にしっかりと火が通り、先進国でも途上国でも安心安全の「よく焼きオムレツ」になっていたのであった。


まかない編・fin

「ヨルダンの本屋に住んでみた」は書籍化を目指しています
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●次の話 :超危険!ヨルダンのドライブは「実写版マリオカート」

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