無痛育児と夫
初めての育児も1年半が過ぎ、私は少しは正常な脳に戻りつつある。
正直出産以降、全ての物事に置いて深く考えることはやめている状態で、これを私は無痛分娩ならず、無痛育児と言っている。
無痛とは、痛みを感じないことなんだけど、育児って痛みをともなうんです。私の場合の育児中の痛みとは、
子供の原因不明の発熱や止まぬ下痢と共に込み上げる不安
だったり、
育児に必死になっていてタンポンを2個入れていたことに気づいた時の恥ずかしさ
だったり、
夫の社交場に行く時のメイクの未完成度
だったり、
コンビニ代をケチってジップロックに白米をいれただけのお昼ご飯
だったり、
下っ腹のぷにぷにお肉が気になる私とジムに通う夫
だったり、
親しかった友人が子持ちになったら縁遠く
なったり、
「気づかない?」と言われたり
なんかチクっとくる痛み
笑顔の時もある、心から幸せのその数分後に
チクリ!
とくるすごく痛くないけど、残る痛みが育児には私はあるように感じている。
この痛みを感じてないことにするには
私の場合、子供が眠った後に夫と二人で過ごす時間だったりした。
夫と二人で飲み物を飲んだり、
通販で買い物を検討したり、
夫と子供のことを話したりすることで痛みを感じない無痛育児が成立する。
心も体も不安でいっぱいだけど、もう考えることをやめて夫のことだけをみている時は痛みはどこかへ行っている。
夫が不在の時、無痛育児がなかなかできないので、いろいろ痛い。
職場でも痛いし、
一人きりの育児でも不安だらけ、
後ろ向きなことばかり書くと不幸自慢のようになるので幸せなこともあると言っておく。
日々、幸せを噛み締めてはいるが、大変で痛くて不安なのも同様の量ぐらいに感じてしまう。
私の心の器が小さいのかもしれないだったり
鬱っぽいのかもしれないだったり
自分をどんどん責めてしまうのだけれどそう考えることさえもやめる。
目先のことだけをうまくやることしか今の私にはできなさそう。
子育てを始めて1年半はずっと無痛育児、深く考えないを続けてきたけれど、無痛育児のいいところは、自分の機嫌が悪くならないところ。何も考えていないから気分の起伏も起きないのだ。
無痛育児の悪いところは、何も考えないものだから、相手とのやりとりが流れ作業のようになってしまうこと。
「大丈夫?」なんて相手が私は気遣って優しい言葉をかけてくれたとしても、深く干渉しない、テンプレートな言葉しか返せないところが良くない点だ。
他者に対して「喜ばせたい」や「笑わせたい」といったことは今の私には疲労につながるので、最低限の行動しかできないの。
無痛育児を始めて1年半、そろそろタンパクな日常が飽きてきたようで、この文章を書ける思考が働くようになっている。
これは育児に慣れてきたといメリットにもとらえられる、子供というものがどんなものなのか余白を持って見れてきているのかもしれません。
一方夫は、私の無痛育児の被害者である。
これまで夫と二人きりの時間はほぼ育児時間にあてられるので
夫にお茶一杯を注ぐことをやめ、
食事の用意もやめ
食事の材料購入も時にできず
夫を置き去りにしてさっさと寝てしまう
華やかでもセクシーさもない妻だから。
夫は陰でガッカリしているかもしれない。
あ、もうこれ、考えることをやめよう。
夫にとって素敵な女に今はなれない、なれないことで落ち込むぐらいなら
なかったことにしよう。そうこれが無痛育児なのです。
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