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ジジから孫への特別講義 ~ 祖父・江田五月の教え ~

※ この記事は、2021年7月28日に逝去した元参議院議長江田五月に、孫である私、松浦薫が、2021年6月12日に聞いた話の要旨をまとめたものです。この記事においては話の内容だけを掲載しますが、より詳細な説明については、こちらの記事をご覧ください。↓↓↓

 私たちの生きている社会・政治について考える時、「その社会が何主義か」という事と別に、本当に良質な市民が良質な社会を作っていくという事が重要だ。むしろ、「体制が何主義をとっているのか」という事は後をついてくるものだと思う。

 その上で、民主主義について考えてみよう。世界で民主主義、そして自由や人権という価値観が生まれていく過程を見ていくと、やはり市民が勝ち取ってきた歴史であるという事ができる。人権や自由といったものを勝ち取るために戦う市民と、そういった市民によって構成される社会。これがどれだけ成熟しているか、という事が、民主主義について考える上で非常に重要なポイントだ。

 歴史の中の多くの場面で、市民の中にある草の根の力が民主主義を生み出しているのに対して、日本では戦後、GHQの指示によって民主化が果たされた。村社会の、同一性を重視する社会の根本はそのままに、思想がポイっと与えられ、頭の中だけが変わったわけだ。

 もちろん日本でも、大正デモクラシーなど、面白い動きはあった。従って、戦後の民主主義獲得が、市民の動きと全く無関係であったと言う事はできない。ただし、戦後のあのスタートは、民主主義、人権や自由という観点から言うと、随分そこの浅いものになってしまったことを否定することはできない。

 そんな状態で市民としての権利を得た日本国民は、一時はパーッと政治的に燃え上がった。安保闘争などがその代表格だろう。しかし、その炎を消されてしまうと、今度はスーッと冷め切ってしまった。「社会なんか知るか、俺さえよければいい」こういう人が増えてきてしまったわけだ。今、投票率が非常に低迷している。選挙権がこれほど国民に蔑ろにされる時代が来てしまったという事は驚くべき事だ。

 それでも粘り強く、自律した市民による市民社会を、皆で構成していかなくてはいけないのだが、それがとても難しい状況になってしまっている。

 まず、皆が人の顔色を伺わず、自分の意見をしっかり持って議論をしていく必要がある。日本が戦争に突き進んだ時、皆が隣の目を気にし、横をきょろきょろ向いて、結局最後、誰が責任をもって決定をしたかもわからない状況で、空気でものが決まっていった。戦争を始めた時も、戦争の途中も、そして終戦の時もだ。今の日本も、何かそういった空気があるように思えてならない。自律的な意思決定ができていないのだ。

 そしてもう1つ。寛容さが大切だ。若い頃、イギリスに留学した時に、労働党から保守党に政権が交代する時期に居合わせた。その時、あるイギリス人が、「自分は労働党の支持者だけど、長い目で見れば今回の政権交代はいい事だったんじゃないかと思うよ」と言っていて大変驚いた。日本はというと、与党は頭の先からしっぽの先まで与党、野党もまたしかりだ。寛容性がないのだ。それぞれが立場を変えながら、お互いがお互いを尊重しあって議論をし、政治を動かしていくという事が必要だ。

 現状をよりよくしていく為の技術論はない。皆が1人1人、試行錯誤をしていくよりほかにないのだ。だからやはり、成熟した市民社会を作り上げる為に、そしてより良い社会を作っていくために、皆さんが常に歩みを絶やすことなく、一歩一歩積み重ねていってくれることを願っている。

      2021年6月12日 江田五月  聞き書き 松浦 薫(江田五月孫)


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