見出し画像

宅建業者が知っておくべき『重説』に関する調査実務⑪既存戸建住宅の売買(1)

このnoteでは、『月刊不動産流通』の過去の記事を紹介しています。

今回は、「宅建業者が知っておくべき『重説』に関する調査実務」
重要事項説明時における実務上の注意点を、実際のトラブル事例を交えて紹介するコーナーです。『月刊不動産流通2019年11月号』より、「既存戸建て住宅の売買」を掲載します。

既存戸建住宅の売買(1)

 これから既存戸建住宅の売買に見られる典型的な紛争について、トラブルを未然に防ぐための調査実務を考えてみたい。今回は宅建業法35条には直接明示されていない「重要な事項」(宅建業法47条1号)について取り上げる。

1.既存戸建住宅の特徴とトラブルの傾向

 既存住宅には、大別すると今回取り上げる既存戸建住宅と既存マンションとがあり、それぞれ「自ら居住可能な場合」と「他人に賃貸している場合」とに分かれる。これから取り上げる物件の種類は、既存住宅の中でも戸建住宅でかつ自ら居住可能な場合に限定し、他の種類については後日取り上げる。

 既存戸建住宅は、前回まで取り上げた更地と異なり①建物があり一定年数経過している、②売り主またはその関係者がそこで生活している(いた)という特徴が挙げられる。一方、近年では③相続等で取得したため居住した経
験がない(少ない)、または④空き家の状態が続いている物件も多く、これら③や④の既存戸建住宅のトラブルも多く見られる。

 図表1は既存戸建住宅の売買における紛争の内訳を示したものであり、多い順から「法令」、「生活施設」、「建物瑕疵」、不動産の「表示」、「告知事項」となっている。そしてこれらのうち大半は空き家か相続がらみで売却するケースである。

 今回は既存戸建住宅の売買のうち、グラフの凡例で「告知事項」とある宅建業法47条1号の不告知を原因とした典型的な紛争と調査実務を以下で解説する。


2.自然災害の発生をきっかけとした紛争

 ここでいう告知事項とは、宅建業法35条には直接明示されていない「重要な事項」(宅建業法47条1号)のことであり、既存戸建住宅では環境瑕疵と心理的瑕疵に関する紛争が多く見られる。これらのうち近年の傾向として「浸水被害に関する紛争」が増えている。

(1)紛争の概要
 図表2は、水害被害に関して告知していなかったために発生した紛争である。

【紛争の概要】
①既存戸建住宅の売買の引渡し後に、台風に伴う1時間に70㎜以上の大雨で下水から雨水が溢れて、建物内に入り込み室内に被害が発生。
②買い主は契約時に水はけが悪いことの説明を受けていなかったことを理由に、仲介会社に対して浸水被害による損害と予防保全のための工事費用について賠償請求をしてきた。

 
 
紛争の原因としては、売り主の告知書に過去の浸水履歴に関する記載がなかったことが原因である。実際に紛争後、売り主は、本物件で一定期間居住していたが一度も内水被害に遭ったことはないと主張しているようである。

 一方、買い主が近所の住人に聞いてみたところ、この一帯はよく内水被害に遭うとのことで、売り主、近隣住民の主張が違っており、売り主・仲介業者と買い主とで平行線を辿っていたが、最終的に買い主が市役所へ行き過去の浸水被害について確認できたことから、仲介会社としても過失を認めざるを得なかったようである。

 この紛争事例のほかにも、東日本大震災の津波災害で浸水区域であったことを告知せず紛争になったケースなど水害に関する紛争事例は比較的多く見
られる。

(2)紛争の未然防止 
 
近年多発する自然災害をきっかけに、前述のような紛争が一定数見られる。引渡し後に自然災害が発生し、被害に遭った相手方が、近隣から過去に同様の被害に遭ったことを聞いたり、役所等の公開している防災資料を見たりして調査不足を理由に仲介会社を訴える、という流れである。

 ハザードマップに関する不動産取引の裁判では、ハザードマップの調査説
明義務が否認された判例があるが(平成26年4月15日、東京地方裁判所判
決。詳細は(一財)不動産適正取引推進機構のサイト「判例紹介RETIO No.97、9ハザードマップの調査説明義務」を参照)、無用の紛争を避けるためにも不動産取引では売買、賃貸のいずれもこれから居住する人へ災害リスクの情報提供を事前に行なうことが必要と考えられる。

 自然災害にはさまざまな現象があるが、このうち大雨をはじめとする水害は比較的発生しやすく、近年の不動産取引でも紛争が多く見られる。過去の浸水被害は、売り主が居住していたり近隣住民へ聞き取り調査をしたりすれば事前に知ることもできるが、空き家や相続で売り主も居住経験がなく、近隣住民も突然聞かれてもすぐに思い出せないこともある。これら聞き取り調査では不十分なことも多い。

 浸水被害に限らず自然災害に関する事項は、これら聞き取り調査だけでなく防災に関する各種資料も確認しておく必要があるだろう。近年の不動産取引ではハザードマップをはじめとする防災関係の資料を重要事項説明時に相手方へ配布することも多いと聞く。

 自然災害に関する資料は、「過去の災害を記録表示したもの」と「将来の
災害予測を示したもの」に分けられる(図表3)。このうち最近国土交通省から協力要請が通知されたハザードマップについて解説し、過去の災害を記録表示する資料については別の機会に譲りたい。



3.将来の災害予想を知るための資料

 将来の災害を予想した資料として「ハザードマップ」が挙げられる。

(1)ハザードマップとその特徴
①ハザードマップとは
 ハザードマップとは、災害を起こす危険要因の種類、影響範囲、危険度あるいは危険頻度の予想、防災上の施設・避難路・避難場所などを地図上に示した災害予想等の情報を表示した地図である。現在も地方公共団体が中心となって整備し、自然災害時の避難や被害を軽減できるような情報を住民に公表・普及している。

 ハザードマップの種類には、自然災害の種類ごとに洪水ハザードマップ(図表4)、津波ハザードマップ、土砂災害ハザードマップなどさまざまなものが各市町村から公表されている。

図表4 洪水のハザードマップ例(東京都中野区)

②ハザードマップの特徴
 ハザードマップで物件所在地を特定するには、道路・河川・鉄道の施設をはじめとする恒久的な「公共公益施設」を基準にして物件所在地を特定す
る。この場合、基準となる公共公益施設から、地図の縮尺を参考に位置を追
って確認するかたちになるだろう。

 紙媒体やPDFで配布されるハザードマップは物件特定がしづらいが、これは災害リスク情報の公表に当たって、個人情報の問題が懸念されている(地番または住居表示が含まれていると個人情報に該当する可能性がある)ためと言われている。

 内閣官房の地理空間情報活用推進会議が策定した「地理空間情報の活用における個人情報の取扱いに関するガイドライン(平成22年9月)」によれば、ハザードマップの多くは個人情報に含まれず、利用・提供に際しては特段の制約はないとされ、例外的に「地番または住居表示が含まれている場合に個人情報に該当する可能性がある」とされている。

 このためか一部の例外的な市町村を除き、ハザードマップの多くは街区番号に留め、個人の地番または住居表示が含まれずに公表されているものと思われる。

 なお、GIS等で二次利用可能な情報として公表すれば、利用者側で必要な情報を付加(例えば検索ボックスに目的の住所を入力するなど)して活用することが可能になる。これを応用したのが国土交通省のハザードマップポータルサイト「重ねるハザードマップ」と言える(図表5)。

(2)ハザードマップを利用する上での注意点
国土交通省は平成30年7月豪雨等により各地で極めて甚大な被害が発生したことを受け、各不動産団体に対し不動産取引時のハザードマップを活用した水害リスクの情報提供について協力を要請したことは記憶に新しいところである(令和元年7月26日付 国土動第47号-1、国水環第36号、国水下流第8号)。

 当該協力要請によれば、宅建業者は取引の相手方に対し、契約が成立するまでの間に相手方が水害リスクを把握できるよう、取引物件の所在する市町村が公表した水害(洪水・内水・高潮)に関するハザードマップを提示し当該物件の位置を示すほか、ハザードマップに想定される浸水深や避難場所の位置が記載されている場合は、併せて相手方に知らせることが望ましいと考えられている。

 一方、不動産取引の現場では理解が不十分なため、ハザードマップを誤解しているケースも多い。ハザードマップ=危険マップ・安全マップという勘違いや、告知すれば直ちに不動産価格の低下につながると思い込み、(位置
等を相手方に知らせず)単に相手方に資料を配布するのみといった対応も多
いと聞く。

 ハザードマップはその地域の住民が、自分が居住する地域における自然
災害の危険度合を認識するだけでなく、それに伴い自主的な防災活動を促していくことが本来の目的であり、位置を示して危険度を確認してもらうだけではなく、積極的に相手方の防災対策の意識づくりに活用してもらうべき
だろう。

 このようにハザードマップに関して適切に不動産取引に活用するためにも、不動産業者としても日頃からハザードマップに対する理解を深めておく方が好ましい。ハザードマップの不動産取引への活用については、手前味噌になるが図表6の書籍をお薦めしたい。

図表6


4.法47条 1 号に関する紛争の未然防止

 以上、既存戸建住宅の売買について法47条1号に関する紛争を見てきた。
環境瑕疵に関する紛争は、売り主がそこで生活していなかったか、生活期間
が短かく情報を把握していなかったために発生することが多い。

 このように売り主は物件についてよく知らないのであるから、媒介を依頼された宅建業者は、売り主への聞き取りや告知書のみに頼ることなく、公表された資料の確認と近隣への聞き取り調査が必要である。これは仲介だけでなく、宅建業者が競売などで取得し自ら売り主となる既存戸建住宅について
も同様のことが言える。

 自然災害に関する情報をいかに収集するかが、紛争を未然に防ぐポイントといえるだろう。



※PDFファイルをダウンロードしていただくと実際の誌面がご覧いただけます
※(株)不動産流通研究所の著作物です。二次利用、無断転載はご遠慮ください




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?