見出し画像

居酒屋でバイトしていた頃の「ふみゅう…」な思い出

 僕はわけあって、大学を9月に卒業しました。9月に卒業する学生はきわめて少ないため、その日のキャンパスはひどく閑散としていました。僕はお通夜のような雰囲気のなか、5年半通った大学をひっそりと卒業しました。就職活動をまったくしていなかったため、そのあと見事にニートになりました。ちなみにいまはニートではありませんが、こんどは子供部屋おじさんと呼ばれています。

 ニートになった僕が、自宅で家事手伝いをしていると、兄に「おまえ働けよ!」と言われてケツを蹴られました。兄からは、「ほら、エサだぞ」という侮辱的な言葉とともに食事を出されたこともあります。「ニートという人種は人間扱いしてもらえないんだな」と思いました。そして僕は働きたくなかったけれど、しぶしぶアルバイトを探しました。お酒を飲むのが好きだったので、居酒屋で働きたいなと思って、チェーン店の居酒屋に応募しました。すると一つ目の応募先でキッチンスタッフとして採用されました。コンビニでもどこでも落とされまくる僕にしては珍しいことだったから、とても嬉しかったです。

 僕が働くことになったのは、さいたま新都心駅前にある某居酒屋でした。電車を使用して通勤するため交通費をもらえるはずでしたが、僕みたいなものが交通費を請求するなんておこがましいと思ったので申告しませんでした。ただ、申告しなくても履歴書の住所を見れば交通費がかかることは分かるんだから、「田中くん、電車に乗って来るんだよね。交通費は出すからね」と言ってほしかったです。店長にはそういうケチなところがあったけど、とても優しい人でした。新人の僕が辞めないように、いろいろと気を遣ってくれたし、すごく丁寧に指導してくれました。

 アルバイトの人たちは、埼玉大学の学生が多かったです。僕は早稲田大学を卒業していたので、一部の人間からは「早稲田を出てるから俺たちのことを心のなかでは馬鹿にしてるんだろう」と言われました。でも僕が出たのは早稲田大学のなかではもっとも偏差値の低い第二文学部だったから、「国立である埼玉大学のほうが入るの難しいんじゃないの? むしろ尊敬してるんですけど」と思いました。その一部の人間からは、僕がキッチンの通路を歩いているときに足を引っかけられたりもしました。「なんて分かりやすいイジメなんだろう。いまどきこんな古典的なことをする人がいるなんて驚きだ」と思いました。

 その居酒屋チェーンには、エリアマネージャーという役職の人がいました。そのおじさんはやたら威圧的で仕事に厳しく、全員に嫌われていました。当然ながら僕も嫌いでした。エリアマネージャーは、僕の働いている店舗にもたまに顔を出し、シフトに入ることもありました。僕は「自分はフリーターだし、僕みたいなものがシフトを出すなんておこがましいよな」と思っていたため、シフトを出していませんでした。だから僕の勤務日時は、シフト決めを担当している人にすべて任せていました。

 その結果、エリアマネージャーがシフトに入るときは、ほぼほぼ僕も出勤することになりました。2人きりで深夜に働くこともありました。おそらくみんなエリアマネージャーと一緒に仕事をしたくないために、僕にその役目を押し付けたのだと思います。僕がシフトを出さないのを無言で利用するあたり、ものすごい陰湿さを感じました。そもそも僕はバイト仲間にあまり溶け込んでいませんでした。アルバイトの人たちでボウリングに行く約束をしているのを目の前で見たけど、僕が呼ばれることはありませんでした。僕がエリアマネージャーとの仕事を押し付けられたのには、そういう理由もあったんだと思います。人間の醜さを垣間見た思いになりました。

 ある日、エリアマネージャーが出勤してキッチンで仕込みをしていました。そこに就活中の大学生アルバイトが加わり、就活について話をしました。それを聞いたエリアマネージャーは、「お前うちの会社に就職しろよ!」と笑いながら言いました。すると就活中のアルバイトは苦笑いを浮かべながらお茶を濁していました。きっと心の中では「就職するわけねーだろ!」と思っていたのだろうと推測します。その会社はブラック企業であることで有名だったから。僕はエリアマネージャーのことがぜんぜん好きじゃなかったけれど、そのときはなんだかエリアマネージャーのことを不憫に思いました。

 彼は年末のある日、エレベーターのなかで「俺はもう20日くらい休んでねーよ!」と自慢げに話しました。居酒屋は年末がとても忙しいのです。とはいえ20連勤は明らかに働きすぎであり、自慢するようなことではありません。そのときエリアマネージャーの周りにいたアルバイトたちは揃って苦笑いしていました。僕も苦笑いを浮かべながら、なんだかエリアマネージャーのことが可哀想になりました。

 初冬のある日、僕は通しの予定でシフトに入っていました。17時から23時が前半のシフトで、23時から5時が後半のシフトです。通しだと休憩を挟んで17時から5時まで働くことになります。その日は平日でした。前半はそれなりにお客が入ったけど、後半はほとんどお客がやってきません。午前3時の時点でお客が1人もいなかったし、これからも来そうにありませんでした。そして店長は僕に言いました、「田中くん、今日はもう帰っていいよ」と。優しいようで、ぜんぜん優しくないお言葉です。午前3時にそんなこと言われても困ります。電車が動いてないわけだから。午前5時まで働かせてほしかったけれど、店長の命令だから従うしかありません。店に残っていてもやることがないので、午前3時すぎにしぶしぶ店を出て、徒歩で自宅まで帰りました。電車が動いてないため、冷たい夜風を浴びながら数駅ぶん歩きました。「僕はなんでこんなに都合よく使われているんだろう」と思って、みじめな気持ちになりました。

 僕は結局、そのアルバイトを4か月くらいで辞めました。月に20万以上稼いでいましたが、辞めました。僕が働いていた店舗がリニューアルのために閉店し、エリアマネージャーが店長を勤めるべつの店舗に異動させられたためです。たまにエリアマネージャーと仕事をするくらいなら我慢できるけれど、さすがに毎日のように顔を合わせるのは耐えられません。僕はアルバイトを辞めて、またぞろニートになりました。そして、行政書士の資格を取るために勉強に本腰を入れました。

お忙しいところ、最後まで読んでくださってありがとうございます。もし「いいね!」と思ったら、愛の手を差し伸べて頂けるととても嬉しいです。noteやYouTubeの製作費に使わせていただきます。