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【映画感想】『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』クローネンバーグの思想的集大成

文責=1世
おすすめ度 ★★★★☆

肉体変容、痛覚と快楽。
肉体にまつわるクローネンバーグの思想的集大成

自分の体内で臓器を生成。
それを摘出する様をパフォーマンスとして発表する現代アーティスト。

こんな奇想、誰が思いついたんだ。そして思いついたとして誰が映画にしようなんて考えたんだ。
そんな奴、デヴィッド・クローネンバーグしかいない。

今年で80歳になるクローネンバーグの最新作は前述の通りの内容で、久しぶりにSFボディ・ホラーというジャンルへの回帰作となっている。21世紀入ってからの文芸映画路線もキレッキレだったが、80~90年代のグロテスクな世界にまた没入できるというのはファンとしては嬉しい限り。
しかも劇薬度合いでいえば、過去のどの作品よりもドぎついかも。

クローネンバーグといえば、“ボディ・ホラー”という言葉とセットで語れることが多い。
“ボディ・ホラー”とは名前の通り肉体が変形したり破壊されたりすることから生じる恐怖を扱ったホラーのこと。外敵によって肉体を損傷するわけではなく、自分の身体が内側から変形していく、そしてそんな肉体の変形に伴って自分という人間のアイデンティティーも揺らいでしまう。身体が変容する視覚的なグロテスクさと、自己同一性が崩壊するニューロティック・スリラーの二段構えで攻めてくる、そんなホラー映画のことをいう。

ここまで聞けば「それってクローネンバーグのことじゃん」と思わずにいられないだろう。クローネンバーグの映画はどれもこの話をしている。人間が蠅に変形する『ザ・フライ』(1986)のようなSFホラー映画だろうと、一見グロテスクさのない文芸映画だろうと、クローネンバーグはいつも肉体の変容について語っていると言っていい。

だが、その意味で言えば今回の『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』はそういう話であることに全くてらいがない、ド直球な一本といえる。
ただし、それでいて今まで描いてきた“ボディ・ホラー”らしいテーマだけでは満足せず、さらに先へと推し進めている。つまり単刀直入にいえば、今まで以上にドン引きの一本に仕上がっているということだ。

クローネンバーグの映画における「肉体変容」にはいくつかの意味を読み取ることができる。
まず一つは「進化の可能性」だ。環境の変化にともなって進化していくのは生物としては当たり前であって、その変容は必ずしも悪いことじゃないのかもしれない。実際、クローネンバーグは肉体変容を描く時には大抵それをポジティブにも捉えられるよう位置付ける。
とはいえ、人類全体や地球の歴史規模で考えれば良いことかもしれないが、実際にその変容に直面する個人の身に立てば、そんなもの恐怖以外の何者でもない。今作の主人公であるソール・テンサー(ヴィゴ・モーテンセン)も体内で生成される内臓自体は認めつつ、それが何のために存在している臓器なのかはわからないので毎度それを摘出している。ソールは肉体が変容する度にそれを摘出することで自身のアイデンティティーを維持しているわけで、断固として自分の中に起きている進化を認めようとしない

そしてクローネンバーグの思想においては、「肉体変容」は多分に「性的快楽」と結びついている。もっとシンプルに言えば「痛み」は「性的快感」と紙一重のものとして扱われる。
J・G・バラードの原作を映画化した『クラッシュ』(1996)では交通事故によるエクスタシーを追い求める人々の姿が描かれた。交通事故によって分泌されるアドレナリンと肉体の損傷が彼らを未曾有の性的快楽へと到達させる。ここでも肉体の変容=痛みはそのまま快楽へと置き換わっていた。

『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』では『クラッシュ』的な考え方をさらに限界まで推し進める。なんとこの世界においては痛覚がなくなってしまっているのだ!(なんとも都合が良くて粗い設定…)
痛覚は感覚の中からマスクされ、誰も痛みを感じることがない。その結果、痛みはそのまま快楽へと変容してしまう。皮膚を切り裂くことが快感となり、手術は新たなセックスとなる。
快楽と痛みが本質的に同じものならば、性的快楽は人間が苦痛を感じない程度の痛みだということもできるだろう。快感の先には痛みがあり、痛みの先には快楽がある。そしていずれも「生の実感を得られる」という点で本質的に共通しているのかもしれない。

クローネンバーグが80年代に主に描いてきた肉体の変容(進化)によっておこるアイデンティティー・クライシス
そして90年代以降に描いてきた肉体の損傷がもたらす性的なエクスタシー
そんなクローネンバーグが考え続けてきた肉体をめぐる思想が、この『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』の中で合流する。肉体の変容が引き起こす精神の揺れ動きと苦痛、それらと折り合いをつけて変容の結果を認めたとき、この映画で最大のエクスタシーが到来する
もはやこれが良い話なのかなんなのかもわからないが、最後のソールの表情には確かな「生の実感」があった。そこでクローネンバーグが描いてきたテーマはそこへ集約されることに気づくのだった。

クローネンバーグにとっての一つの集大成と言っていい作品だ。
ただし、見るのは自己責任で。食後の服用は避けましょう。


クライムズ・オブ・ザ・フューチャー
Crimes of the Future

2022年、カナダ・ギリシャ合作
監督・脚本:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワート

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