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さくらももこの自己予言

 ユーモアエッセイの書き方を勉強しようと思い立ち、さくらももこのエッセイ集をブックオフで何冊か買った。時代小説コーナー以外は、文庫本の百均コーナーが店内に見当たらず、現下のインフレはこんな所にまで影響を及ぼしているのかと思った。二百円程度の本を、適当に三冊ほど買った。
 『もものかんづめ』集英社文庫から読み始める。原著は一九九一年、平成年間の始め頃の出版である。さくらの初エッセイ集で、百万部を売り上げたという当時のベストセラーだ。収録されているのはいずれも一話完結のエッセイであり、どこから読んでも良いが、頭から順番に読む。民間療法で水虫を治療した話、鍼灸院に通った話、駅構内の健康食品店でバイトした話、学生時代の小遣いをつぎ込んで、ローンで睡眠学習枕を買った話……。いずれも読みやすく、自虐ギャグや家族ネタを交え、面白おかしく書かれている。さすがに巧みである。
 だが、それだけではない。
 これらの文章が書かれてから三〇年後の未来に生きる読者は、その後のさくら氏を襲う運命と、非情な結末を知っている。さくら氏は結婚、出産を経て離婚し、乳癌になる。医療機関が施す医療行為、投薬されるがん治療薬が体質に合わなかったらしく、民間療法に頼って闘病を続けたが、力尽き二〇一八年に逝去。つまり、さくら氏は令和時代を生きて見ることが出来なかった。

 さくら氏のその運命は、最初の活字の著作である本書において、暗示されていたのではないかと思った。東洋医学の鍼灸院はともかく、水虫治療も健康食品も睡眠学習枕も、標準的な医療や科学的知見からは外れた話、言ってしまえば疑似科学や疑似医療、半分くらいはオカルトの領域に属する話ではないか? 子供の頃から疑似科学的なモノに親しんで育ち、それを題材にしてベストセラーを著し、人生の最大の危機においては疑似医療に頼り、最後には救われることなく命を喪う。
 そのように考えてしまうと、軽妙で愉快なこのエッセイが、少し重苦しいものに感じられてくる。


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