忘れがちだけど、一番続いている私の習慣は「日記」です。~#日々の大切な習慣~
#20240618-417
2024年6月18日(火)
noteの投稿企画「日々の大切な習慣」を書くにあたって、いろいろ浮かんだ。
朝のオンライン・ヨガ、定番の朝食メニュー、ゆるジョグ(スロージョギング)、そしてnoteの記事を書くこと……一番長く長く続いていることがあまりにも長過ぎて忘れていることに気付いた。
日記だ。
はじめたのは、小学5年生。
つまり、40年以上になる。
きっかけは当時の担任教諭だった。クラスはかなり荒れていて、今思えば、そんなクラスの児童となにかつながりを持ちたかったのかもしれない。毎日家で書き、提出する。そうすると、下校までに先生が赤ペンで感想を書いてくれた。
先生が読むこと前提だったので、人に知られたくないようなことを吐露するわけではなかったが、書くことが苦にならない私はとにかく「毎日返事がもらえる」ことが嬉しかった。
私はトラブルを起こす児童ではなかったので、先生が真情を知りたい――それこそ日記を書いてほしい児童ではなかったと思う。続けてほしい児童はさっさと提出をやめてしまい、先生の机に積まれる日記ノートの山は日を追うごとに低くなっていった。
その小学校ではクラス替えが2年ごとにあり、担任教諭も変わった。
5、6年生は持ち上がりで同じ先生のはずだったが、クラスはどんどん崩壊し、6年生に進級した春、先生の姿は消えた。
新しくやってきた先生は厳しくかつ豪快で、荒れていた男子児童と取っ組み合いもするようなタイプだった。親たちの会話からすさんだクラスを立て直すために選ばれた先生だと知った。
私は当然のように新しい先生にも日記ノートを提出した。
先生は返信を書いてくれたが、その文字数は少なく、私はノートを開くのがつまらなくなった。遠まわしに日記ノートは提出しなくていいといわれ、私はやめた。
出すことはやめたが、書くことはやめなかった。
そこから、私だけの「日記」がはじまった。
1日も書かなかった日はないか、と問われれば、そうではない。
忙しくて書く時間が取れず白紙のページもある。その日は無理でも余裕のあるときに遡って書くこともしていたが、結局鮮度が落ちるし、たまれば負担になるので遡ることはやめた。
とにかく「続ける」。
20代の頃は、年を重ねたらゆったりとした時間があるはず、そのときが来たら読み返そうなんて思っていたが、そんな時間は未だにやってこない。いや、むしろ体感時間は減少している。あっという間に夜になり、瞼が重く重くなってしまう!
小学生のときはノートに書いていたが、高校生になるとお小遣いで日記帳として売られているものを使ったり、はたまた無印良品のカレンダーに線を引いてオリジナルの様式を作って書いたりもした。ほぼ日刊イトイ新聞の「ほぼ日手帳」を使っていたこともある。
ここ数年は「ジブン手帳」のDaysを愛用している。
1日1ページ、かつバーチカルレイアウトで24時間なのがいい。
文章を書くだけでなく、記録も重視しているので、時間軸が等間隔で24時間しっかりあると助かる。深夜を省略、または時間軸の幅が短いタイプは困る。睡眠時間が把握しにくい。
朝、起きる。
朝食の準備をし、洗濯機のスイッチを押してからヨガをする。朝食を済ませると、そろそろノコ(娘小5)の起床時刻だ。起きてこなければ、ノコの部屋へ行き、カーテンを開けて起こす。
以前は、なかなかエンジンのかからないノコに「早く着替えなさい」「早く朝ごはん食べなさい」「学校の準備は終わってるの?」とことこまかに声を掛けていたが、最近は放置している。
朝食は用意してある。着替えるのも、食べるのも、学校の準備をするのもノコ次第。
いって動くのならいいが、「うるさい」「わかってる」「面倒くさい」「ママやって」、もしくは無視だ。
いわないほうが双方心穏やかでいられる。
5年生になってからは登校班の班長になったこともあり、ギリギリであっても自発的に家を飛び出ていく。
起きたものの、ソファーに寝そべって空を見つめているノコをあえて視界に入れないようにする。
コーヒーを淹れ、その香りを楽しみながら日記と呼ぶべき手帳を開く。
まずは、フィットネストラッカーFitbitが記録した睡眠時間とスコアを書き込む。時間軸を挟んで左半分は、家族3人分のタイムログに当てている。むーくん(夫)の分はざっくりと、ノコと私の分は詳細に記す。
現時点の分まで書いたら、昨日のページに戻り、右半分に文章を書く。そのとき、左半分のタイムログが参考になる。本当は昨日の分は昨日のうちに書きたいが、夜になると眠くて書けない。
手帳は常に開いてあり、ちょくちょくログを書き込む。
日記に意味があるのか、私であれ、ほかの誰かであれ、役に立つのかもわからない。
減らす習慣なのかもしれないが、書かないとそわそわしてくるのだ。
意味なんて知らない。
なくてもいいのだと思う。
とにかく私にとって「大切な習慣」なのだ。
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