”世間の大半”だという母がいることで、私は暴走せずに済む。
#20230415-77
2023年4月15日(土)
ノコ(娘小4)がチーム出場している習い事のコンクールが予選を通過し、本日最終予選出場となった。
ここ3年は新型コロナウイルスの影響でどの習い事の発表会も観客を絞り、限定していた。今春になってようやく解禁になった。
私の実家の両親は高齢ということもあり、不要不急の外出は控えていた。本人たちは人と会うことを避けているのに、私たちと会ったことで新型コロナウイルスに感染したら悔やむに悔やまれないので、両親の意思を尊重し、会わない日々が約3年続いた。
今回声を掛けたら、母が出てくるという。
リハーサルに入ったら、本番を終えるまでノコとは会えない。
母にはリハーサル前に会場の最寄り駅へ来てもらい、ノコの顔を見てもらった。
以前なら人見知りせず愛想がよいくらいだったのに、最近のノコは素っ気なく避けるような態度をする。あとで尋くと「恥ずかしかったから」というが、もじもじとした感じではなく、顔をそむけ、目を合わせず挨拶もしないので恥ずかしそうには見えない。
3年振りに会う母にそんな態度を取れば、印象は悪くなるだけだ。
ノコにそのようなふるまいをしないよう念を押すと、笑顔で挨拶をした。
私とむーくん(夫)が里親登録をする際、それぞれの両親にも伝えた。
むーくんの両親は反対も賛成もなく、私たち夫婦が決めたことならば、と意思を尊重してくれた。
私の両親は違った。
父は心配ではあるが、もう大人だと私たち夫婦の考えにどうこういわなかった。ただ「大変だぞ」とだけいった。
母は嫌悪感をあらわにした。
母には母の考えがあるのでそれを否定することはできない。母自身うまく説明できないが、反射的に「嫌だ」と思ったのだろう。それは血縁者でないものを身内に入れることへの漠然とした不安に見えた。
この嫌悪の正体が何か、母が掘り下げて考えてくれれば何かできることがあったかもしれないが、母は考えることすら嫌で「嫌なものは嫌」だった。里親制度は社会的に重要な制度だと思うが、なぜそれを我が娘がするのか、心配性の母は娘の身に降りかかるであろう苦労をよくわからないけれど本能的に心配し、排除しようとた。
はじめはノコの名を呼ばず、目も合わせなかった母だが、少しずつ少しずつ態度がやわらいできた。ノコと会う回数を増やせば、たとえ表面上であっても和やかになるかと思った矢先に新型コロナウイルスが流行りだした。
3年はあっという間に過ぎ、そのまま会えない時間となった。
せっかくほぐれつつあった母の態度が硬化するか心配だったが、挨拶を交わす姿を見ると大丈夫だった。
リハーサルの約2時間、母と私たち夫婦の3人でランチを食べる。
マスクを外して食事を取りつつ、あれやこれやとお喋りに花を咲かせる。電話では時折話していたが、やはり顔を見て話すのとはだいぶ違う。
食後にコーヒーとチェリーパイを食べた。
母は2時間という時間を持て余すと思っていたといい、「でも、ちょうどよかったわね」と笑った。
ノコの出番が済んだら終演を待たずに先に帰るといっていた母だが、結局最後まで観た。
終演後にノコともう一度会え、雨が降るなか、駅まで一緒に帰った。
母には母の考えがある。
結婚後は離れたところに住んでいる母を一緒に暮らしていた頃のように説得するのは難しい。
そもそも変わることを望んでいない人間を変えることなんて、他者にはできない。
人は自ら変わりたいと願って、ようやく少し変わるくらいだ。
母はよく世の大半は母のように考え、私のような考えは少数だといった。
それがどこまで真実かわからないが、身近でありながら、”世の大半”が私の人生の五分の四を同じ屋根の下に暮らしていたのは助かった。
自分の少数な思考を暴走させずに済む。私に立ち止まって考える習慣を母はくれた。
今、母はノコを受け入れているのだろうか。
表面上は孫を見る祖母の姿だ。
その心にはまだ受け入れ難さがあるが、ゆっくりと変化し、日常会話を交わすことは許している。
人はなかなか変わらないけれど、人は"慣れる"。
存在なければ慣れようがないので、私が里親になったことは母の人生において衝撃的で拒絶したいことだろうが、高齢の母に"変化"をもたらしたように見える。
母にそういったら、「こんな経験したくなかったわ」と笑いそうだ。
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