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金持ちおじさんが欲しがった「納豆たまごかけご飯」

 当時僕は貧乏大学院生で、一日の大半を研究室で過ごす日々を送っていた。

 アルバイトをする時間があるくらいなら実験をするという結構ストイックな生活で、奨学金と田舎からのささやかな仕送りで何とかやりくりしていた。(それでも今振り返ると充実した楽しい生活だったと思う)。

 その時は大きなシェアハウスに住んでいて、社会人10人くらいと共同生活をしていたのだけれど、その中に超高学歴で育ちもよく、ビジネスでも大成功させているのにそんな所に住んでいる、変わり者のおじさんがいた。彼は会社役員で特に決まった時間に家に帰ってこないようだったが、たまに顔を合わせると世間話をするような仲だった。

 僕はその日も夜遅くに大学から帰ってきて、シェアハウスの共同スペースで腹を満たすための「オトコ飯」を一人で食べていた。たまごかけご飯に納豆と醤油をかけた貧乏学生らしい夕飯だ。

 玄関からのドアとスリッパの足音で、おじさんが帰ってきたことが分かった。顔を向けると、少し赤らんだ顔のおじさんが「こんばんは~。」とあいさつをしてきた。どこか高級なお店で彼の好きなワインを楽しんできたのだろう。

 そのままおじさんは自分の部屋に歩いていこうとしたけれど、ふと僕の納豆たまごかけご飯に気づき、不思議そうな目で少し眺めてから、「ちょっと味見させていただけませんか?」とたずねてきた。

 こんなものよく食べたがるなぁと思いながら少し分けてあげると、おじさんは旨そうにそれを食べていたたのが印象的だった。
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 あれから月日が経ち、僕はサラリーマンとしてそれなりに給料も貰っているいるし、あの頃と違ってビールを買う時もやっぱり発泡酒にしようかと悩むこともない。

 海外赴任先から日本へ急に一時帰国することになって、自宅待機している中で、今日は久々に納豆たまごかけでも食べようかなと思っていたらふとこのエピソードを思い出した。

 おじさんとはもう何年も会っていないし、当時の彼がどういう気持ちであったかは聞いたことはないけれど、なんとなく、彼が僕の納豆かけご飯をうまそうに思った理由が今になると分かる。

 僕が海外で働きたいと思うようになったのも、無意識のうちに僕にとってのたまごかけご飯を探していたからなのかもしれない。

 今はどんどん閉塞感のある世の中になりつつあるけれど、周りに目を向けて、自分が気づいていないものや、まだ知らない心揺さぶるものを探しながら楽しんで乗り越えていければなと思う。

カエル

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