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一人ひとりの声に向き合うことを大切に、複業を解禁。サイボウズが目指す「自立」のカルチャーとは

コロナ禍を経て、リモート勤務など自由度の高い働き方が急速に広まりました。とはいえ、まだ副業・複業に関しては解禁に踏み切っておらず、どのような形で制度を決めるか悩んでいる企業も多いのではないでしょうか。柔軟な働き方ができる企業として有名なサイボウズ株式会社は、2012年から複業を解禁。「会社の資産を利用・毀損しない複業であれば申請不要」と、非常に自由度の高い制度を採用しています。この制度で大きな問題は起きていないのか、どのように運用しているのかなどについて、サイボウズ株式会社人事本部人事労務部部長の恩田志保さんと、人事本部人事労務部ワークスタイルデザインチームの髙木一史さんにお話を伺いました。

「個人の活動」の一つと位置付け、複業を解禁

ーー 複業解禁に至った経緯を教えてください。

恩田さん(以下、恩田) きっかけは、社員から「アフィリエイトをしたい」と相談があったことです。もともとサイボウズでは「複業は原則禁止、承認が得られればOK」としていました。しかし、アフィリエイトのような趣味の延長のようなことでも収入が得られる環境になってきている中で、複業を制限するのは難しいのではないかという話になりました。そこで、会社の資産……物、金、情報、業務、時間、ブランド、信用などを利用・毀損する可能性がある複業でなければ良いとしたのです。
 
ーー 複業解禁にあたって決めたルールはありますか?

恩田 ルールは2つだけです。会社の資産を活用する複業の場合は、所属本部長に承認を得ること。そして、他社に雇用される場合は、人事本部長の承認を得ることです。サイボウズでは、複業を家事・育児、介護、趣味やボランティア活動などと同じく、「個人の活動の一つ」と位置付けました。ですから、「会社の資産を毀損しないこと」以上の判断基準は特に設けませんでした。
 
あくまでも個人の活動の一つですから、他社で雇用される場合以外は、健康管理についても特に注意喚起などはしませんでした。プライベートでも、お酒を飲みすぎて翌日仕事にならないことがあるのと同様に扱うことにしたのです。

 「サイボウズの資産を利用する可能性がある」「他の事業者に雇用される」場合以外は、申請不要

複業についても、公明正大さを大切に


ーー 申請はどのような方法で行っていますか?

髙木さん(以下、髙木) 弊社のkintone(キントーン)というアプリを使っています。このアプリを使用する目的の一つは、会社の資産を毀損しない複業であることを上長に確認してもらい、承認を得ることです。現在は、約400件登録されています。
 
そして、もう一つの目的は、承認されたものを全社に公開することです。サイボウズは、公明正大がモットーです。だから、一緒に働く人たちの間で「あの人の複業なんか変じゃない?」といったモヤモヤが生まれた時に、その人の複業の内容や注意している点を誰でも見られるようにしました。もちろん、複業は本来「個人の活動」なので、原則社内に共有する必要はありませんし、複業の申請情報を社内で公開していない企業も多いと思います。ただしサイボウズでは、資産を利用・毀損する可能性のある複業については、

①本人がオープンに説明責任を果たせる複業のみ許容する
②周囲のメンバーからの理解を得やすくする(モヤモヤを防ぐ)
③資産を毀損せずに複業するためのノウハウを蓄積・共有する

といった観点から原則公開としています。
 
ーー 複業している人は何人くらいいますか? 

高木 申請不要な複業をしている人もいるので、正確な人数は把握してはいません。ただ、2017年に松山大学の研究でサイボウズの社員にアンケートをとった際、3割程度の人が「複業をしている」と答えていました。複業している人の傾向もバラバラです。自分を成長させるために複業をしている人、サードプレイス的な居場所をつくりたいという人、あるいはシンプルに収入を上げたい人もいます。本当にさまざまですね。

 働き方の柔軟さが複業のしやすさに直結


ーー 複業を解禁したメリットはありますか?

髙木 エンジニアの方だと、他社で新たな技術を身につけたり、自社とは違うチームの動き方を経験したりしたことで「経験値が上がった」という声をよく聞きます。

営業の場合は、会社が変われば社内の意思決定の仕方や組織体制が全然違うため、他社では何が合意形成の妨げになっているのかなどを知るきっかけになったと言う人もいました。こういった越境学習的なプラスの効果はあちこちで起きているようです。
 
ーー 人事面でメリットは感じていますか?

高木 サイボウズならではですが、1度弊社を辞めた人が、一部の業務だけ業務委託として残ってくれることがあります。この場合、サイボウズの方が複業になるのかもしれませんが。弊社としても、社内のことをわかっている人に業務を委託できるほうが仕事がしやすいので、複業という形で残ってくれることは大きなメリットですね。
 
恩田 サイボウズに雇用されたまま勤務時間を減らし、代わりに複業の割合を増やしていくという形でサイボウズに残る人もいますから、いろいろな働き方や関わり方ができるのが、弊社の特徴と言えるのかもしれません。
 
ーー 複業の割合が大きくなったら、時短社員などに契約を変えられるのですか?

恩田 弊社はそもそもが個別合意なので、時短社員のような括りがあるわけではありません。働き方と時間、勤務地、給与、業務内容といった条件がマッチして、チーム(人材マネジャー)と合意が取れればどんな働き方でもOKです。そのため、週5で雇用契約で働いていた人が「複業を増やすので週4勤務に変えたい」と希望した場合も、合意すれば変更することがでます。そもそも複業しながら働けるのも、サイボウズの条件合意が非常に柔軟であることが背景にあると思います。

複業について自分で学び、考え、判断できるよう、制度を見直し


ーー 複業解禁をして10年以上経ちましたが、見直しが必要な点はありますか?

高木 まさに今、大きく制度の見直しを行っていて、2023年10月末を目処に変更予定で議論を進めています(※取材は2023年10月中旬に実施)。大きな変更は、現在「一部(資産利用/他社雇用のみ)をアプリで上長承認」となっている制度を「すべてをアプリ確認+ガイドラインを読んで自己承認」にすることです。

その目的は大きく3つあります。1つは、複業者本人が制限・注意の必要な複業へのアンテナを立てて、リスクを未然に防止できるようにすること(=申請漏れ問題の解決)です。背景には、“資産”への認識が人によって違うために、本来必要な申請をしないまま資産を利用した複業を実施してしまい、トラブルになるケースが出てきたことがあります。

サイボウズの“資産”とは、パソコンやスマホといった物理的な資産だけでなく、取引機会やノウハウ、人脈といった無形の資産も含まれます。しかし、ここ数年で入社した人が急増する中で、過去の制度設計時の文脈を知らないまま、申請なしで複業で資産を利用する例が出てきました。そこで、注意すべき複業かどうかを、自分で確認するプロセスにする必要があると考えたのです。

注意すべき複業かどうかを、自分で確認するプロセスに

ーー 認識のずれが起こらないように改定するのですね。

高木 その通りです。2つ目の変更理由は、複業に関して必要な制限・注意点を認識できるようにする/不合理な制限がかからないようにすること(=承認基準・注意点不明瞭問題の解決)です。

これまでサイボウズは人数規模が少なく、経験豊富なマネジャーが承認の判断をしていましたが、組織規模が拡大し、マネジャーの数が増加したことや、複業の件数・種類が増加したことで、マネジャーから「何を基準に承認すればいいか分からない」といった声が挙がってました。複業の承認基準や注意点が不明瞭なまま制度運用をすることは、ややもすれば、本来制限が必要だったはずの複業をそのままにしてしまったり、あるいは、制限する必要の無かった複業を制限してしまうことにも繋がります。

そこで、複業制度を10年間運用するなかで社内に溜まったノウハウを活用して、判断軸となるガイドラインをまとめることにしました。 

最後の3つ目は、自立のCulture促進(=マネジャーのコスト低減)です。いくら判断基準をガイドラインとして言語化したところで、今のようにマネジャーが承認する形を残してしまうと、マネジャーがどんどん複業に関する知識を詰め込まなければいけなくなります。そもそも「複業は個人の活動」と捉えている以上、その承認のためにマネジャーが多くの時間を割かれてしまうというのは経済合理性に欠けます。また、複業する本人が「承認者がOKと言ったからOK、承認者がNGと言ったからNG」と複業に関する理解、思考、判断が受け身なものになってしまうことは、サイボウズが理想とする「自立」と乖離してしまう。そのため、必要な知識を主体的に自ら学び、自分で考え、判断し、責任をとれるよう、原則として自己承認にすることにしたのです。

必要な知識を主体的に学んで考え、自ら責任をとれるよう、原則として自己承認に

 ーー 具体的にはどのような運用になるのでしょうか

髙木 複業をしたいと思ったらまずは「複業登録アプリ」を開いてもらいます。そこで表示される必要なガイドラインを読んでもらったうえで、必要な対応を行い、アプリ内で自己承認をしてもらいます。 

ーー どのガイドラインを読めばいいか、どのように判断するのですか?

高木 たとえば「サイボウズのパートナー企業での複業」「サイボウズで得た知識・ノウハウ・人脈を利用する可能性がある複業」など、合計10のチェック項目を用意しており、該当箇所にチェックを入れると、その複業の種類に合わせたガイドラインのPDFが表示される仕組みになっています。

該当箇所にチェックを入れると、その複業の種類に合わせたガイドラインのPDFが表示される

ガイドラインには、サイボウズの過去事例やサイボウズの利益を害さないための工夫や注意点が書かれています。

サイボウズの利益を害さないための工夫や注意点が確認できる

ガイドラインを読んでもらった後は、アプリ内に「○○の懸念点には○○といった形で対応します」などと説明責任フィールドに説明必須事項を記載してもらいます。リスクの高い複業については「リスクが顕在化した場合は責任を受け入れる(複業中止、損害賠償等)」ことに同意のチェックをしてもらうことで、本人にも責任の意識と覚悟を持ってもらう形にしています。
 
ーー より個人としての責任を強めたのですね

高木 はい。また、今回社内でいろいろな人と議論をして、新しく匿名で質問できる仕組みを追加しました。周囲の人が誰かの複業に疑問を持ったら、この機能で質問して当人と匿名で対話ができるようにしたのです。
 
個人の活動に対して、直接「これ、おかしくないですか?」と聞いたり、本人と面識がない場合に直接問い合わせたりするのもハードルが高い。だから、匿名で質問できるようにしました。ただ、匿名とはいえ、人事からは誰が質問しているのかわかるようにすることで、あからさまな誹謗中傷はできないよう牽制しています。

また、これらの質問もアプリ内に蓄積・公開されていくため、あまりにも多くの人から指摘や問い合わせが来ている場合は、人事からも「どうなってるの?」と働きかけることができる仕組みになっています。
 
ーー 他にも改定することはありますか?

髙木 他には特にないですが、安全配慮の部分について、他社に雇用される場合は、労働時間を業務報告アプリで伝えてもらうなど、以前から行っていた対応を改めてガイドラインに明記しました。これは法律の趣旨に則して複業先との労働時間を通算して上限を超えないようにするための対応です。

自立のカルチャーを伝えながら、社員のリテラシーを高めたい

 
ーー 複業について今後の展望はありますか?

高木 まずは、今回の改訂でどう変化するかを見るつもりです。今回、10種類のガイドラインを作りましたが、結局は一人ひとりがリスクに対してアンテナが立つようにリテラシーを高めていくしかないと感じています。社員のリテラシーが上がらないと、自由度が高いことや柔軟なことはできません。ことあるごとに、会社が考える「自立」のカルチャーと情報を一緒に伝えて、一人ひとりが自分で判断できるよう促していきたいですね。
  
ーー 最後に複業解禁を迷っている企業に対して、アドバイスをお願いします。
髙木 企業によって事情は違うと思いますが、複業を解禁したからといっていきなり「致命的なことが起きる」ことはないのでは、と私は思います。弊社含めすでに複業を解禁している企業の取り組みも参考にしていただき、多くの会社で複業を解禁していただければと思います。
 
恩田 許容できるところから少しずつ、一人ひとりの声に耳を傾けながら始めてみるのがいいのではないでしょうか。サイボウズの場合は、そもそもの働き方の自由度が高いですが、会社によって許容できる範囲は異なると思います。私たちも一人ひとりと向き合って制度を考え、日々改善しています。できるところから、少しずつトライしていくのがよいのではないでしょうか。

神代裕子
ライター・エディター。福岡県在住。出版社や制作会社で14年半、編集・ディレクターとして勤務。企業の広報誌やオウンドメディアの編集長などを務める。2019年に「LANKAWORKS」として独立。現在は、ビジネス系 Webメディアや企業のWebサイト・広報誌、書籍などで執筆するほか、講師としても活動中。趣味は日本酒、旅行、美容など。
@sakurakuma165
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