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叶っていった夢

「5年は絶対頑張ろう。それでだめならその時あきらめよう」

新卒で入った会社を退職し、「今だからこそできること」を実現させたいとフランスとイギリスへの計8か月の語学留学を経て、その後いろいろな会社を転々としました。

営業から、英語とフランス語を生かせる事務系の仕事へと方向転換したかったものの、事務系の仕事での経験がなかったため難航。

それでも「5年は絶対頑張ろう。それでだめならその時あきらめよう」と語学の勉強をつづけながら少しでも条件に近い職場を見つけるため派遣や転職を繰り返しました。

そうやって3年後にやっと見つけたドイツ系企業ではTOEIC860点と他の派遣登録者とは差別化できる高得点だったにも関わらず、時給はほかの一般事務と同じ

それが悔しくて悔しくて、契約更新時に必死に担当者に訴え、やっと50円上げてもらえたという状況でした。

それでも今までで一番条件に適った思ってもいないドイツの会社での仕事。新規立ち上げて、文房具購入や、他の社員の採用や面接、営業事務、ドイツ本社とのやり取りなど仕事は多義に渡り、時々ドイツからやってくる出張者や社長との交流もとても嬉しかったのを覚えています。

この会社でフランス語が直接仕事に役立つことはなかったものの、私がフランス語ができるということが、とても好意的に受け取られていたようです。

「ぜひ社員に」と声を掛けてもらえるくらい気に入られていたのですが、当時語学学校の友人の紹介で付き合っていたフランス人の彼(夫)が帰国することになってしまいました。

フランス語を本格的に身に着けるチャンスにできると渡仏を決意

やっと理想の仕事につけたと思った矢先の夫の帰国。

全く迷いがない訳ではありませんでしたが、半年後夫に合流するために渡仏したのでした。

結婚しようと約束していた訳でもなかった私たち。

多少の迷いはあったものの、彼と離れたくない一心で、仮にうまく行かなくても、フランス語を本格的に身に着けるチャンスにできると渡仏を決意しました。

渡仏直後はまず滞在許可証や、事前登録していた大学付属の語学コースへの登録手続きなど、何もかもが初めてで、言われたことも必ずしも100パーセント理解できない状況の連続で緊張しながらもなんとかすませ、その後最難関だったアルバイト探しを始めました。

日本人が働ける土日休みの仕事の求人件数はあまりなく、ビザの関係で就業時間に制限があり、フランスに来たばかりでなにかとおぼつかない私にはちょっとハードル高すぎるかも、無理かもしれないと及び腰でしたが、とにかく就職活動を開始しました。

結婚するかどうかも、一生住み続けられるかどうかも不透明だったこの時期、

「夫のせいで仕事もできず不幸になった」

と思うのは絶対嫌だったので、学生生活と一緒にアルバイトを通じてフランスでの就業を体験するのは私にとても大事なことのように思えました。

不採用通知が届くたびに弱気になり

「駄目かもしれない」

と思いながらも諦めずに履歴書を送り続けたのでした。


3か月後、日系企業の雑用係として学生生活をしながらアルバイトをスタート

何度も不採用通知を受け取り、その度にへこみながらも、

「まずは電話で」

と書かれた求人広告を見て電話をし、担当者から開口一番

「学生はビザがないからダメです」

と電話を切られそうになったところで、必死の思いで

「学生でも20時間までなら就業できるんです!」

と訴え、履歴書を送付することに。その後面接を受けて無事採用されました。

学生ビザで働いている人が意外と少なく、この会社でも私が第一号の学生アルバイトでした。

あの時ドキドキしながら電話してよかった、必死になればなんとかなるんだなと本当に思います

2年後に目標だった商工会議所の資格を取得し結婚したのをきっかけにそのまま正社員として採用されました。

日本で「5年は絶対頑張ろう」と誓った決意から、4年後のことでした。


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