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ソーシャルワーカーは将来有望な職業か!?

この記事を読んでいただいている人の多くは、「ソーシャルワーカー」という職業について興味があったり、どんなお仕事?などソーシャルワーカーについてのぞいてみようと思っていたり、将来有望な職業として、どんな職業が良いのだろうかと考えているなどではないかと思います。

ソーシャルワーカーという職業は将来有望なのかどうか…。キャリアを考えていく上で大切なことになるのではないかと個人的に考えています。ただ、自分が将来ソーシャルワーカーになろうかな…素敵な職業だな♪と考えている時などは、私自身もそうでしたが、その職業が未来に有望な職業かどうかを考えることはしないとも思うのです(笑)

よって、今日は、「ソーシャルワーカーの未来の姿」について考えていきたいと思います。「未来の姿」というのは、ソーシャルワーカーという職業は10年後、20年後の職業として存在するのか?存在しているだけでなく、ソーシャルワーカーという職業の社会の認知がどのように進んでいく可能性があるのか?などについて記事をまとめていきたいと思います。※個人的な意見も多く含まれますので参考程度にお願いします。

ソーシャルワーカーという職業が生き残る可能性

日本において「ソーシャルワーカー(医療ソーシャルワーカー)」という職業が誕生して約100年です。100年という歴史の中において、ソーシャルワークを取り巻く環境や役割は、経済・社会情勢・医療や福祉の施策と共に変化し、今日に至っています。

もう少し歴史をさかのぼると、日本の福祉におけるはじまりは、大阪の四天王寺(西暦593年/今から約1400年前に建立)における四箇院制(しかいんせい)であるとも言われています。

歴史のことを知るということは、今の職業や今後の展望を考える上でとても重要なことなのです。

さて、社会福祉の思想が出てきた今から1400年前からある福祉の考えや支援のですが、それが形になったのが今から約100年前として、今後の未来はどうなっていくのか…考えてみたいと思います。


日本の労働人口の 49%が人工知能やロボット等で代替可能に

2015年12月に株式会社野村総合研究所が報告したニュースですが、とても驚きました。なお、この文献は総務省のHPでも引用されています。

日本の労働人口の約半数の人がAI(人工知能)やロボット等で代替可能になってしまうという…。果たしてソーシャルワーカーの未来はあるのか?と思いました。なお、AI(人工知能)とは、「Artificial Intelligence」の略称で、辞書的な定義では「学習・推論・判断といった人間の知能のもつ機能を備えたコンピューターシステム」と記されています。(大辞林 第三版より抜粋)

上記の報告書では、「10年~20年度に人工知能やロボット等による代替可能性が低い 100 種の職業」としては以下の様な職業が示されています。医療/心理/社会福祉/教育に関する職業のみ以下に転載します。※筆者の独断で選択してしまっていますことをご了承ください。

アロマセラピスト
医療ソーシャルワーカー
エコノミスト
音楽教室講師
学芸員
学校カウンセラー
教育カウンセラー
ケアマネージャー
外科医
言語聴覚士
国際協力専門家
作業療法士
産業カウンセラー
産婦人科医
歯科医師
児童厚生員
社会学研究者
社会教育主事
社会福祉施設介護職員
社会福祉施設指導員
獣医師
柔道整復師
小学校教員
小児科医
助産師
心理学研究者
人類学者
精神科医
大学・短期大学教員
中学校教員
図書編集者
内科医
日本語教師
はり師・きゅう師
保育士
法務教官
盲・ろう・養護学校教員
幼稚園教員
理学療法士

このように見ると、医療/心理/社会福祉/教育に関する職業については、AIにとって代わることが難しい職業が多いことが分かります。この結果については、分析の方法の考察とともに、報告書内でも、「他者との協調や、他者の理解、説得、ネゴシエーション、サービス志向性が求められる職業は、人工知能等での代替は難しい傾向にある」と述べられています。

よって、今から約20年においては、AIにとって代わることは難しいである職種の1つとして「ソーシャルワーカー」は考えられています。可能性としては残る職業の1つであると今は言えるのではないかと思います。が、これは、ソーシャルワークを行う専門職一人一人に課せられた使命/責任であると、私自身は理解しています。


ソーシャルワーク専門職一人一人が担う責任

ソーシャルワーク専門職の活動の価値は「人権」「社会正義」「多様性尊重」「集団的責任」であるとソーシャルワーク専門職のグローバル定義において明記されています。

ソーシャルワークは、社会変革と社会開発、社会的結束、および人々のエンパワメントと解放を促進する、実践に基づいた専門職であり学問である。社会正義、人権、集団的責任、および多様性尊重の諸原理は、ソーシャルワークの中核をなす。ソーシャルワークの理論、社会科学、人文学、および地域・民族固有の知を基盤として、ソーシャルワークは、生活課題に取り組みウェルビーイングを高めるよう、人々やさまざまな構造に働きかける。         この定義は、各国および世界の各地域で展開してもよい

ソーシャルワーク専門職はこの定義に則り、各地域において、人々やさまざまな構造にも働きかける活動を展開していく必要があります。

ソーシャルワーク専門職が生き残るためには、私は以下の点が必要であろうと思っています。

* 意義ある仕事であると社会がより認知すること

* 将来なりたい職業の1つとして「ソーシャルワーカー」があがること

* 今活動しているソーシャルワーク専門職相互が協力すること

あるソーシャルワーカーの一人が私に言ってくれた言葉があります。「1家庭1ソーシャルワーカー」を目指したいと。この言葉の真意としては、「家庭の中にソーシャルワークという概念が当たり前にある世の中にしたい」ということでした。これについては個人的にとても同感しています。

私たちソーシャルワーク専門職が担う責任/職責は、自分たちのしてきた活動(ソーシャルワーク)をきちんと言語化し、残していくことなのだろうと思います。


ソーシャルワーカーは専門職でなければならないか?

私はこの問いを10年位自分に問い続けています。しかし、未だに結論は出ていません。というのも、ソーシャルワーカーが専門職になった途端に、クライエントとソーシャルワーカーの距離が空いてしまうような感覚があった経験も多く…一人の人として…専門職ではなく、ソーシャルワークを行う一人の人として一緒に考えるパートナーとしての立場の方が良いのではないかと考えることも少なくないのです。

専門職として、働く上では、上記のような状況の中でもクライエントに最善の結果を残すことは当然なのですが、専門職でなければできなかったのか?と常に問い続けてきています。

「ソーシャルワーカーは専門職か?と問い続けること」こそ、内省し続ける姿勢が専門職として重要であるのか?とも最近は考えるようになっています。2016年の論文でも「ソーシャルワークは専門職か?」ということが報告されています。

これは私の個人的感想ですが、「ソーシャルワーク専門職でいる時の自分」「父親である時の自分」「夫である時の自分」「教員である時の自分」「地域で活動する時の自分」など…様々な社会の中での自分の姿がある訳ですが、ソーシャルワーク専門職である時の自分が特別か?いつもの自分と何かが違うか?と聞かれた際に、「いつもの自分と一緒」と答えられる方が、自分らしさが、担当したクライエントに伝わり、良い関係性を築くことが出来て、支援が展開できていた感覚があります。よって、自分にとっては、決してソーシャルワーカーは決して特別な存在ではなく、いつも自分の中にある福祉的思想や考え(誰も排除されない社会を創りたい/目の前の困り感に対して力になれることはしたい/など)が常に出せる状態になっていることが理想のソーシャルワーカー像なのです。


まとめ

終盤は論点がずれてしまっておりますが、ソーシャルワーカーという職業は対人援助職/他者の理解を必要とする職業だからなくなりにくいという概念も大切ではありますが、常に自己研鑽が必要な職業の1つとして理解しておく必要があるのかな。と思います。

経験的には、ソーシャルワークの一部の機能はAIにとって代われる可能性があると思っています。しかしながら、一人一人の個別の価値ややり方全てをAIが人に取って変わって可能か?と言われれば、今は「NO」であると思います。ただ、今後の科学の進歩等によっては分からないですけどね…。

私自身は、ソーシャルワークという職業が好きなため、今後も続けられる限りは自分の為にも続けたいと考えています。将来有望な職業の1つとして当たり前になるように…子どもたちが将来の職業選択の1つとして「ソーシャルワーカー」と言った際に、周囲の人も「いい仕事だね!」と返ってくる世の中になるようにしていきたいな…。と思っています。


最後までお読みいただきましてありがとうございました。



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