学歴はやはり必要? 正直者が馬鹿を見る? 世界標準の経営理論#2
今回は『世界標準の経営理論』の中の「情報の経済学」についてです。
情報の経済学という理論は、組織・人のビジネス取引における「情報の非対称性」を出発点に論じられ、古典的な経済学に比べて人間の意思決定において現実に近づいたものとなっています。そこから皆さんの生活の具体的なところまで落とし込める理論なのでわかりやすく読んでいただけると思います。早速紹介していきます。
情報の非対称性とは
情報の非対称性とは、市場で取引する買い手もしくは売り手の保有する情報に差がある状態を指します。簡単に言えばすべての情報がオープンではなく、隠し事があるということです。
この例えでよく引き合いに出されるのが中古車市場です。
中古車を売る側はエンジンの痛みや走行距離、故障歴など様々な情報を持っていて、「本当の価値」を知っています。他方買い手側は外からの情報しか知ることができません。これが情報の非対称性です。そしてこの非対称性は恐ろしいことを引き起こします。
例えば中古車の売り手側は、ある車が本当は深刻な故障を抱えていて本当の価値が100万円しかないとしても、それを隠して150万円を提示するのが合理的です。それに対して買い手側は「情報が隠されている可能性がある」ということだけはわかりますので150万円という提示金額には応じず、例えば120万円など値引き交渉をするはずです。
ここまでは良いのですが、厄介なのはすべての中古車販売店でこれが起こるということです。中には正直に情報を開示し、本当に150万円の価値があるという正直者もいるはずですが、買い手側にそれはわからないため120万円に値引き交渉します。そうすると、正直者は120万円では採算が取れないため取引がされない一方で、嘘をついた売り手は本当は100万円の価値ですから、取引は成立します。
私的情報を持つプレーヤーが虚偽表示するインセンティブが生じる。結果として、虚偽表示をするプレーヤーだけが市場に残りがちになる。これを「アドバース・セレクション」(adverse selection:逆淘汰・逆選択)と呼ぶ。
簡単に言うと正直者が馬鹿を見るとも言えます。「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉も同じです。さらに悪いことに、この状態が続くと買い手側は価格に対し質の悪いサービスを受けてその後市場への魅力を感じなくなります。そうなると本来成立するはずの取引すらされない市場へとなってしまうのです。
アドバースセレクションの例
アドバースセレクションは身近でもよく起こっています。ここでは保険と就活を例にとってみましょう。
保険
保険は買い手側が情報を持っている例である。例えばAさんは不注意で事故を起こしやすい人、Bさんは慎重で事故を起こしにくい人だとする。しかし保険会社はその人の性格まではわからないため判断ができない。加えて保険というものはその性質上Aさんのような事故を起こしそうな人ほど入りたがるため、保険会社は保険料を高めに設定せざるを得ない。そうするとBさんのような慎重な人は割高と感じ加入しないため、結果さらなる値上げをしかねなくなる。
就活
就活では志望者側が情報を持っているといわれている(後にブラック企業だと分かったなどはいったん置いておく)。企業側は志望者の本当の真面目さや本当の能力は雇ってみるまで分からない一方で、志望者は自身のことなのでわかっている。となれば志望者側は中古車市場のように虚偽表示をするインセンティブが働く。そうすると企業側は中古車の買い手と同じように良い就労条件を提示しない。そうすると本当に良い志望者はその企業には入らないという結果になってしまう。
アドバースセレクションの解消法
このようにアドバースセレクションは私たちの日常に深くかかわってきていますが、これを解消する方法はないのでしょうか。経済学では特に2つ、代表的な対処法があります。それが「スクリーニング」と「シグナリング」です。上の保険と就活の例を出し解説します。
スクリーニングと保険
スクリーニングは情報を持っていない側の対処法です。保険の例では保険会社にあたります。
実はスクリーニングの視点からは、極めて単純なことが解消法となる。それは①保険料は安いが事故になった時の補償額も安い保険と、②保険料は高いが補償額も高い保険、の2つの商品を用意するだけなのだ。なぜなら2種類の保険商品があれば、「自分は事故を起こしやすい」(補償金を受け取る可能性が高い)と知っている加入希望者は、加入額が多少高くても補償額の大きい保険を自然に選ぶし、「事故を起こしにくい」と知っている加入希望者は、安い保険を自然に選ぶからだ。こうすれば保険会社は前者からは高い保険料を取りつつ、後者も逃さないで済む。
つまり、複数の商品を提示し「顧客に選択肢を与える」ことでアドバースセレクションは解消されます。
シグナリングと就活
シグナリングは反対に、情報を持っている側が伝わりにくい情報を顕在化させることで非対称性を解消するメカニズムです。
就職市場での代表的なシグナルは、志望者の「学歴」だ。志望者の能力・性格のような私的情報は企業が把握できないが、その人の学歴ならだれにでもわかる。そして一般によい大学に入るには、人はそれなりに優秀でなければならないし、真面目に勉強しなければならない。この理由で、情報の非対称性に直面する企業が「優秀で真面目な人」を選別するために学歴をシグナルにするのは、合理的な判断といえる。
企業側は虚偽表示であることを見越してよくない就労条件を出しますが、学歴として担保できていれば取引相応の条件が提示できる、ということです。
よく学歴は必要か不必要かという議論がありますが、情報の非対称性という観点から考えれば必要だといえます。
まとめ
・情報の非対称性というのは現代の経済学を考えるうえで重要
・アドバースセレクションは今後ますます顕在化するため理解必須
・アドバースセレクションには解消法があるので活かすべき
以上が入山 章栄さんの『世界標準の経営理論』の中の情報の経済学の要約です。今後はグローバル企業の台頭やM&Aなど、情報の非対称性への理解が重要となってきます。是非書籍のほうも読んでみてください。
これからも本の要約をメインに発信していこうと思うので、おすすめの本や要約してほしい本がありましたらコメントください。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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