見出し画像

文化と産業、チホーソーセーの鶏と卵

今巷で言われる地方創生は産業が先行している。 地域で「いや、産業より文化でしょ!」という先達の言葉から紡がれ始めた随想録。

🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏🐏

地域が地域たる、インフラとしての保全が不可能になった時、または人間が身体的に遺伝子をもうこれ以上増やせないと悟った時、最後には文化を拠り所にするのだと思う。

特に僕が住む福島沿岸部は原子力災害で、土地にン百年と根っこを張っていた文化が破壊され、殲滅されたことすらあった。
だが、転んでもただじゃ起きない。
土地も名残惜しいが、その生きる集団こそが文化保全の主体であると割り切り、「ポータブルなもの」にして保持を試みた事例がいくつもあった。

津波で流されてしまった社の跡地で田植え踊りをやろうと発起した方。
避難があっても、祭りや太鼓の演舞を別の市でずっとやって、ついに自分たちの紐づいた地に轟音を響かせることを叶えた団体。
一度途絶えたサーフィン大会と、サーフカルチャーを取り戻そうと元気に活動する地域の人々。

遺伝子を残すも、文化を伝達するのも、ヒト族が持つ社会性の象徴であり、自分が生きた証を残したいという本能の表れだ。

生物は環境の比較的スローな変化に適応すべく、少しずつ世代を積み重ねて適応し進化してきた。
相対的にファストな人間社会の変化の中で、文化も生まれ枝分かれ変化し淘汰されのサイクルを積んできた。

時は21世紀、世界の自然環境も人の価値観もガンガンに変わる時代、形変われど生物的遺伝子=Gene / 文化的模倣子=meme の系譜のバトンを渡すか、というのは産業と同等以上に僕ら人類の大きな問いだし、その中でも先端の先端の先端の端っちょに僕ら浜通の民は生きている。

言い方が正しいかわからないけど、問いは大きければ大きいほど面白い。

文化はどうすれば残存できるのだろう。
ダーウィンさんは強いやつより変化できるやつがえんやでと宣いましたね。
淘汰は環境に適応できなかった結果減少。
例えるならネズミやGは比喩表現にも出てくるぐらいに生命力が強い。
いろんな薬品をやってもどんどんと耐性を持った新種が生まれ、変化を厭わない。
個体A死、個体B死、個体C死、個体D死。。あ、生き残れた。個体D-a,死、個体D-bあ、なんかこの種類の毒性にも生き残れた。固定D-b-#….. みたいな感じで、亜種が生まれやすい生物の代表。

文化だって本来であれば人間の遺伝子のサイクルより一般的に伝達=再生産は早い。
一方で無限に生存だけを目指せばいい生物と違い、僕ら人間は高度に社会を気づくがゆえにしきたりや秩序、宗教などの共同幻想を共に見ることを覚えた。

その社会性がゆえに、貪欲なまでに亜種も生み出して生存してやろぞ、というものをよしとしなかったのかもしれない。
昔は生産性向上&開拓フェーズで色々都合がさぞよかったのだろう。一蓮托生、みんなでスクラムを組んで頑張るぞ!という。

しかしながら悲しきことに人類はもはや撤退戦に突入し始めたように見える。
自らで資源を食い尽くし、生存できる範囲が段々と狭まってきた。
ましてや浜通は半撤退を経験した。

文化の大淘汰が引き起こされてしまい、起きている現象の一例を紹介しよう。
昔は地域の祭りでの獅子舞。昔は小学6年生までが出るというルールだったそう。

今や子供の数が二桁大になっているので、制限なぞと言ってられない。縛りは撤廃されたそうだ。

また僕らのいる地域の相馬野馬追では、一年に一度甲冑を着た騎馬が街を行軍する、神旗を取り合う、競馬をするなど、サムライの相馬家が現役が生きているが故の非常にユニークな神事がある。

この祭りは全国から人が押し掛けるが、なかなかそれだけでは財政的には厳しいそうだ。出場する人々も、馬の世話、馬具、武具など非常にお金がかかる。

大きな転換点として、時期をずらすことと女性の参加の制限の撤廃が審議されている。
わかりやすいアンケートは↓

https://www.city.minamisoma.lg.jp/material/files/group/24/somanomaoi_anketo_20221209-1221_2.pdf

「年齢制限」や「しきたり」などの規制は、保全残存をゴールにした時、えげつないほどの枷になる。

もちろん換骨奪胎となるか、もはやこれでは元の文化なのか?という問いも立てなければならないが。

時に大胆に変化しつつ文化が保持振興され、それを好む/関わると、人はその土地で、その文化圏で生きながらえようとする。

参観者でも、立派な生態系の構成員だ。 より深い関わりを求めようとした時、何かしらの役割を見つけたり、それが時に賃金を得、暮らしを構築する仕事になったりする。

「伝統文化」が全てでなくとも、その地、集団のカルチャーに潜って水が合うところを選んだりするかな。
その連鎖から需要が生まれ産業が創出され地域は新たに創生されていくのだろう。

tokyoは20世紀的に出来上がってきた産業都市を人口ボーナス的にやっているけど、23区のみがその上がりを貪り非23区はもうやばいなんて声も聞く。
都市は産業の吸引力でがあり後天的に文化が生まれ、そのサイクルが競争力につながる。
地域は同じロジックのサイクルが作れない分、「文化」をサーキュレーターに据え、付随した産業を21世紀にフィットする形で創生/変化させていくことがええんじゃなかろうか。 そんなことをぼんやりと思いましたとさ。

(ソースは全て受け売りを継ぎ接ぎした非論理的感覚ですので悪しからず
最後力尽きてちょっと雑になっちゃった

🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼🪼

蛇足で、「犬王」て映画は↑みたいな観点でみるとめちゃくちゃ面白くて、室町時代を風靡した能楽師の話なんだけど、現代の野球界でいう大谷翔平みたいな革命児だったんですよね。
朝廷スタイルに従わずに処刑されて摘まれてしまったそうですが、あれが世間を捉えてメインストリームにやっていたら音楽やら衣服の周辺産業も違う世界線をたどったかもしれない…とか妄想が止まりませんね。

頂いたサポートはありがたく有意義と無駄の中間らへんの事に使います🐣