上肢絞扼性神経障害の評価と臨床応用
絞扼性神経障害とは
絞扼性神経障害(entrapment neuropathy)とは、末梢神経幹が関節近傍で、関節囊、靱帯または筋起始部の腱性構造物などにより形成された線維性または骨線維性のトンネルを通過する際に、この部に何らかの原因が加わり、関節運動などの機械的刺激により生じる限局性の神経障害¹⁾とされています。この発生部位を絞扼点(entrapment point)²⁾といいます。
絞扼性神経障害では、血液循環にも注意する必要があります。
その理由として、神経細胞は特に血流の変化に敏感³⁾であり、血流が途絶えると、正常な機能を維持できなかったり、神経そのものの衰退につながる可能性があります。(ウサギの坐骨神経路を約15%伸長すると、完全に血流は途絶えた⁴⁾との報告があります。)
神経絞扼障害では、神経圧迫が着目されがちですが、伸長や牽引、さらには摩擦刺激も症状の誘発因子となることを考慮しておきましょう。
胸郭出口症候群とは
胸郭出口症候群とは、腕神経叢、鎖骨下動脈、鎖骨下静脈が圧迫や牽引されることで起きる症状の総称です。
胸郭出口症候群には、症状を誘発している原因によって、牽引型と圧迫型、またはその両方が混在した混合型が存在します。
かつて、胸郭出口症候群は神経や血管の圧迫(圧迫型)により引き起こされていると考えられてきましたが、むしろ腕神経叢への牽引刺激(牽引型)が症状の発現に関連している⁶⁾と指摘されています。割合としては、混合型が最も多い⁷⁾と言われています。
胸郭出口症候群の3つの絞扼部位
胸郭出口症候群で、腕神経叢や鎖骨下動静脈が圧迫や牽引される場所は、以下の3つあります(図1)。
図1 胸郭出口症候群の3つの絞扼部位
斜角筋三角部(斜角筋症候群)
斜角筋三角部は前斜角筋と中斜角筋との間にできるスペースをいいます(図2)。この部位では、斜角筋の過緊張や伸張ストレスによって症状を引き起こす可能性があります。
図2 斜角筋三角部
肋鎖間隙部(肋鎖症候群)
肋鎖間隙部とは、鎖骨と第1肋骨との間にできるスペースをいいます(図3)。この部位では、鎖骨の下制、肩甲骨の下方回旋、鎖骨下筋の短縮や過緊張によって症状を引き起こす可能性があります(鎖骨下筋は第1肋骨から鎖骨へ付着します)。
図3 肋鎖間隙部
小胸筋間隙部(小胸筋症候群)
小胸筋間隙部とは、小胸筋と胸壁との間にできるスペースをいいます(図4)。この部位では、小胸筋の過緊張や短縮、伸張ストレスによって症状を引き起こす可能性があります。
図4 小胸筋間隙部
胸郭出口症候群の徒手検査法
Morleyテスト
検査方法
検査者は、検査側の斜角筋三角部に指腹で圧迫刺激を加えます。
判断基準
圧痛や検査側の上肢に放散痛、痺れが出現すれば陽性です。
結果の解釈
陽性の場合は斜角筋症候群が疑われます。左右差での比較やその他の検査とも統合して解釈しましょう。
上肢の下方牽引テスト
検査方法
検査者は、検査側の上肢を下方に牽引します。
判断基準
検査側の上肢に疼痛や痺れが出現すれば陽性です。
結果の解釈
陽性の場合は牽引型TOSが疑われます。肩甲骨挙上をした際に、症状の緩和や軽減がみられるかも合わせて評価しましょう。
Adsonテスト
検査方法
検査者は、対象者の両側橈骨動脈に触れます。対象者は頚部を検査側へ回旋させた状態で深呼吸を行います(画像では右側を検査)。
判断基準
橈骨動脈の拍動に変動(消失または減弱)があれば陽性です。
結果の解釈
陽性の場合は斜角筋症候群が疑われます。斜角筋三角部を狭小させ、かつ深呼吸をすることで斜角筋の筋緊張を高めています。血流低下に伴う意識障害のリスクに十分注意して行いましょう。
Wrightテスト
検査方法
検査者は、対象者の両肩関節を外転・外旋90°かつ肘関節90°屈曲位から水平伸展を行い橈骨動脈に触れます。
判断基準
橈骨動脈の拍動に変動(消失または減弱)があれば陽性です。
結果の解釈⁸⁾
陽性の場合は肋鎖症候群が疑われます。Wrightテストでは、肋鎖間隙が5mm以下となり狭小します。小胸筋による圧迫は著相ではないとされています。
Edenテスト
検査方法
検査者は、対象者の両肩関節を伸展させ上肢を下方へ牽引します。その位置で橈骨動脈の脈拍に触れます。
判断基準
橈骨動脈の拍動に変動(消失または減弱)があれば陽性です。
結果の解釈⁸⁾
陽性の場合は肋鎖症候群が疑われます。Edenテストでは、肋鎖間隙が4mm以下となり狭小します。
肩甲四角腔症候群(Quadrilateral space syndrome:以下QLSS)の病態と評価ポイント
肩甲四角腔(Quadrilateral space:以下QLS)とは、上方を小円筋、下方を大円筋、内側を上腕三頭筋長頭、外側を上腕骨縁で形成されるスペースのことをいいます(図5)。またQLSSとは、QLS部で生じる絞扼性の腋窩神経障害をいいます。
図5 QLSの解剖
(右肩を後方より観察)
腋窩神経は、QLSを通過したのちに三角筋と小円筋に分布します。
実際の臨床では、肩関節後方の疼痛の訴えで、このQLS部のトラブルを抱えていることも少なくありません。
QLS部で生じる疼痛評価のポイントは以下の3つあります。
①QLS部での腋窩神経の圧痛所見
触診によってQLS部の圧痛所見を確認します。圧痛がみられる場合は、QLSSの可能性を考慮します。
🎥QLSの触診方法は以下の動画で確認してみてください🎥
②肩関節外転強制時痛の有無
肩関節外転を強制されると、筋肉の伸張に伴い小円筋の後上方からの圧迫、大円筋の前方からの圧迫、上腕三頭筋長頭の下方からの圧迫が強まり、QLS部は狭小します。QLSSの症例では、外転角度の増加に伴いQLS周囲の疼痛を訴えたり、上腕外側への放散痛を訴えます。
③肩関節水平屈曲強制時痛の有無
肩関節水平屈曲を強制されると、肩関節外転位からさらに小円筋と上腕三頭筋長頭が伸張されテンションが高まります。この筋肉の伸張によるQLS部の圧迫に加え、腋窩神経自体が伸張されることで疼痛が誘発されます。
正中神経の絞扼しやすい部位
正中神経は、運動枝と感覚枝があります。
正中神経の走行は、腕神経叢の内側神経束と外側神経束が合流した後、上腕の内側で上腕動脈と下行します。途中、前骨間神経の枝を出した後、運動枝は母指球筋へ、感覚枝は第1指〜第3指と第4指の橈側1/2まで至ります。
正中神経の主な神経絞扼性障害には、回内筋症候群、前骨間神経麻痺、手根管症候群が挙げられます。
正中神経の絞扼しやすい部位は下記になります(図6)。
図6 正中神経の絞扼しやすい部位(赤丸)
A:上腕二頭筋腱膜の下
B:円回内筋の二頭の間
C:浅指屈筋腱弓
D:手根管
7)より画像引用
尺骨神経の絞扼しやすい部位
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