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【出版の裏側】海外の翻訳もののタイトルづけ問題

現在、400ページ超の翻訳ものの編集作業に取り組んでいます。ビジネス書の場合、1冊だいたい200ページちょいのものが多いので、実質的に2冊分の分量があるため、正直しんどい(じつはこれ、退職した編集担当の引継ぎの仕事です)。

英語を日本語に翻訳すると、だいたい1.5倍ぐらいの文字量になるそうなので、こればかりは言語の問題なので、どうしようもありません。

翻訳元となる書籍はこちら。

著者はHSS型HSP研究の第一人者のトレイシー・クーパー博士。

HSPとは、Highly Sensitive Personの頭文字をとった呼称で、アメリカのアーロン博士が提唱したものです。日本語に直すと「感受性が高いとても
繊細な人」。「繊細さん」とも呼ばれています。

このHSPのなかでも、HSS型(High Sensation Seekingの頭文字をとった略称)という性格の分類があり、日本語では「刺激探求型」と称されています。好奇心が旺盛で、外交的で刺激を求める性格なのに、繊細で傷つきやすい人たちがHSS型HSPと呼ばれます。一見して「繊細さん」にはみえないため、「かくれ繊細さん」と表現されています。

この「HSS型HSP」を徹底研究したのが『Thrill: The High Sensation Seeking Highly Sensitive Person』という書物です。

さて、これを翻訳した場合、タイトルをどうするか。

原題「Thrill」の意味するところは「繊細だけどスリルを求めてしまう」「傷つきやすいのに危険を冒してしまう」という意味合いだと推察されます。

副題は「The High Sensation Seeking Highly Sensitive Person」なので、そのまんま「HSS型HSP」という意味です。

これをそんまんま直訳すると・・・

『スリル――HSS型HSP』です。

何の本だか、ぜんぜんわからないですね。

そこでタイトル案を複数出してみました。

【タイトル候補案】
『HSS型HSPの教科書』
『かくれ繊細さんの取扱教科書』
『社交的なのにいつも傷つく人たち』
『傷つきやすいけど刺激を求めるひとたち』
『刺激に敏感なのにどうして刺激を求めるのか?』
『繊細な冒険家の「取り扱い説明書」』
『心配性なのにスリルが欲しい人が読む本』
『傷つきやすいのに刺激が欲しいのはなぜ?』
『刺激を求めるHSPたち 〜矛盾を抱える人をどう支えるか〜』

本書の内容はなかなか専門的なのですが、それでもやはり「読者は広くとっておきたい」という観点から「どのタイトルが”自分ゴト”になるか?」についてタイトル会議で議論しました。

結論として――

『傷つきやすいのに刺激を求める人たち』


―ーに決まりました。

傷ついたり落ち込むことがわかっているのに、ついつい刺激を求めて危険を冒してしまう。こんな経験は誰しもあるのではないでしょうか。

そんなわけで、原題からはかなりの「意訳」ですが、このようなタイトルに着地した次第です。

原題『The High Sensation Seeking Highly Sensitive Person』

日本語版タイトル『傷つきやすいのに刺激を求める人たち』

秀逸な翻訳もののタイトル事例

というわけで、海外翻訳ものの日本語版タイトルを調べてみました。

いまちょうど手元に「うーん、これはなかなか秀逸!」と思ったのがありました。

『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』(紀伊国屋書店)

この本、原題はこちらです。

『The Righteous Mind――Why Good Peaple Are Divided by Politics and Religion』

直訳するとこうなります。

『正義心――なぜ、善良な人々が政治と宗教で分断されるのか』

本書では「はじめに」において、「いかにして『Righteous Mind』というタイトルに至ったか」について2ページにわたって著者が熱く語っています。

ところが、日本語タイトルはあっさり『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』というフレーズに衣替えしています。

いやー、この「意訳」がめちゃめちゃ秀逸だと思いませんか?

アメリカでは「政治や宗教」で社会に分断があるのに対して、日本ではいまいちその視点はピンときません。ところが「左」と「右」という捉え方であれば、日常のそこかしこに潜む対立構造として想起されます。

そして、そんな「対立を超えるための道徳心理学」ってなんだろう?・・・と興味を惹く仕掛けです。

さらに追い打ちをかけるように、帯には「リベラルはなぜ勝てないのか?」というキャッチコピー。「確かに・・・」と思わせ、読者の手に取らせる強い訴求力を生んでいます。

実際にこの本はよく売れていて、2014年初版、2022年13刷のロングセラーとなっています。

勉強になります。

もうひとつ。超鉄板のビジネス書界のレジェンド作品。矢沢永吉が20代のころ、知り合いの社長さんにプレゼントされ、ボロボロになるまで何度も読んだというエピソードが個人的には大好きなデール・カーネギー『人を動かす』

これって、原題はなんだろうと思い、みてみました。

『How to Win Friends and Influence People』

直訳すると・・・

『友達を獲得して人々に影響を与える方法』byGoogle翻訳


うーん・・・。
このタイトルでは不朽の名作にはならなかったですね。きっと。

『How to Win Friends and Influence People』

⇒『人を動かす』

『How to Win Friends and Influence People』という欧文タイトルを、『人を動かす』という超シンプルで潔いタイトルに変換した勇気とセンスに脱帽です。

こんな風に「英語の原題」と「日本語に変換したタイトル」を比較してみると、編集者の思考の軌跡が浮かび上がって面白いかもしれません。

(フォレスト出版編集部・寺崎翼)


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