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1×1=∞(無限大)の化学反応を生み出す出会い

誰しも、生涯にガツンと己に影響を与えた何かや誰かが存在するものですが、自分の場合は聴いてきた音楽と読んできた本のいくつかがそれに値します。

なかでも、この『EV. Cafe 超進化論』にはかなり影響を受けました。村上龍と坂本龍一が当時の論客と議論をする対談もの。登場するのは吉本隆明、河合雅雄、浅田彰、柄谷行人、蓮見重彦、山口昌男の6人。

対談集の魅力は、強烈な個性を持つ個体がぶつかりあって独特の化学反応をみせるところです。

たとえば、吉本隆明との回では「人間には内部はあるのか」と題して、こんなことが論じられます。

村上 僕の知識では、生まれた子供の父親が分かってる社会っていうのが父権社会なんだ。ゴリラの群れっていうのは、ボスの交代があると、前のボスとの間に生まれた子は全部殺しちゃう。で、今度生まれた子は全部俺の子だっていうふうなものを確立していくんです。だから法制度に関係なく、動物学的に言うと、そういうふうになってるんじゃないかね。だれの子か分からない子が生まれてくる社会は母権社会である……。

坂本 そういう社会があったかしら、果たして。

村上 人間の中に?

吉本 それはあるでしょ。

村上 人間はずーっとそうだったんだよ、99万年間ぐらい。農耕社会になるまではほとんどそうじゃないかと思うんだ、俺。

吉本 そりゃそうで、外部共同体と違う共同体があったわけね。外婚制になる前はみんなそうですよ。最初に外婚制になったのは、ほかの共同体の女と、どっかの暗闇のお祭りのときに出会って、それで関係して、子供が産まれるんだけども、その子供の父親っていうのはだれか分からない。そうすると、それは神さまの子供だっていうふに言っとくわけです。これは隣村のだれそれの子だっていうふうに言っちゃったら、もう共同体の内婚制に違反したということで、笑われちゃう。だから、だれか分からない、あれは神さまの子だっていうふうに言っとくというね。内婚制がある間はそうだったんじゃないですかね。

と、読んだところで、いったん本を閉じて、「え、ということは・・・」と、あたかも3人の議論に参加するよう気分で、いろいろ多角的に思索が楽しめるのが対談の魅力。

文化人類学者の山口昌男さんとの対談では、「ブラジルは世界最後の救い」と題して、こんな話も。

坂本 本当にブラジルっていい加減なとこだったな。

村上 本当?

坂本 人間がいい加減なの。

山口 だからナチの残党がブラジルとかへ逃げ込んだんだね。それを逃げ込ませて受け入れたから悪い、というような感覚もあるけど、しかし、そういう受け入れるところがあるっていうことが、地球の最後の救いみたいなとこがあるでしょ。

村上 ありますね。

山口 そういう、それをそのままにとらえる感受性っていうのを失っているわけですね。だから、僕は中沢新一が「朝日ジャーナル」に書いた『暴走族の研究』という本の書評を読んで、なかなか力があると思ったね。本当に暴走族が新しい詩学っていうものをつくり出していって、その詩学を方法化してみせたのがこの本だと。それでファシズムやなんかについても、そういう詩学を持っていたということを、われわれがもっと早くに気がつくべきだったということを中沢は言ってる。そういうことをやれる若い人類学者がもういなくなったから、人類学はもうだめだというようなことも、彼はなんとなんく言ってるわけですね。彼は”最後の人類学者”という自覚があるわけですね。

坂本 人類学の死滅……。

山口 そうそう。死滅したら、その骸からなんとか面白いスタイルというのは出てくると思うけど、人類学はわれわれが努力しちゃって、このところなんか上り坂になっちゃったでしょ。それはもう悪いことをした、申し訳ないと思っているんですけどね(笑)。ところで文化人類学はもうだけだけど、地球最後の救いのブラジル……。

坂本 ブラジルには十日間いたのね。で、そのいい加減さに慣れるのに9日っかった、帰る前の日に気づいたわけよ。あ、これに慣れちゃえばいいんだと。単純な話、約束は守らないし、話はおおげさ。だけど、考えてみれば、地球上の男って大体そうかもしれないよね。

山口 そう。だから男が女を騙す術がいちばん発達しているのが、やっぱり中南米ですよね。色男、金と力はなかりけりの国だから。その術をあらゆるレヴェルで発達しているから、世の中は非常に楽しいでしょうねえ。

村上 楽しいでしょうねえ。

坂本龍一がブラジルに行って「その適当さに慣れるのに9日かかった」と話から、話題はファシズムの詩学、暴走族、人類学に及び、でも結局そういう中南米的な「最後の救い」は楽しそうだよねぇと終わる。

なんという、まとまりのなさ。でもその「まとまりのなさ」「話の振れ幅」に読者の夢想や空想の余地があって、読んでいて楽しいのが対談集です。

そして、なにより、複数の才能がぶつかりあって生まれる化学反応が楽しい。そういう点において、「異物と異物の化学反応の楽しさ」がいちばんわかりやすいのは、音楽の世界かもしれません。

YAZAWAと布袋の化学反応。矢沢の唄を支える布袋の切れ味鋭いカッティングが痺れる。伸びやかなソロも落涙ものの名演です。

井上陽水、玉置浩二、タモリの化学反応。この映像は永久保存版です。

黒人文化であるヒップホップと白人文化のロックが産んだ化学反応。RUN DMCとAerosmithによる"Walk This Way"。文化史的にもきわめて偉大な1曲。

以上、異物の化学反応から生まれる「なにか」についてでした。

(フォレスト出版編集部・寺崎翼)


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