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国葬を前にして、安倍さんの言葉を分析してみた。

明日、故・安倍総理の国葬が行われます。

憲政史上最長の8年8か月にわたって総理大臣を務めた安倍さんですが、なんとなく就任当初はパっとしなかった印象があります。

なんといっても、前任者が歴代最高の80%という驚異的な支持率で首相に就任した小泉純一郎氏です。

一時期の小泉フィーバーはすごかったです。『KOIZUMI』という写真集まで出版されたぐらい。

そんな安倍さんは小泉さんを徹底研究していた節があります。ゆえにここまでの長期政権を実現させたのではないか。

そんな裏事情が言語学を駆使した「発言の分析」から伺える面白い本があります。

ユタ大学の東照二教授が書かれた『言語学者が政治家を丸裸にする』という本です。

安倍さんは「します」の使用が歴代1位

「~します」という表現はもともと政治家には珍しい語尾だそうです。ところが、安倍さんは歴史上もっとも「します」を多用した政治家でした。

安倍の最も好んだことば、それは、単刀直入、明快な「~します」という表現である。それも尋常な量ではない。次の表8は、歴代首相の使用頻度を示したものだ。安倍の異常な使用頻度に注目してもらいたい。

『言語学者が政治家を丸裸にする』より
『言語学者が政治家を丸裸にする』より

補足すると、これは首相に就任したときの所信表明演説のなかでの使用頻度です。

 所信表明演説とは、首相がこれから何をするかを国民に述べるものである。そのためには、「~します」は、考えてみると、 最も適切な表現のようにも思えてくる。ところが歴代の首相は、ほとんど使ってこなかったことがわかる。「~します」を使って約束をしすぎて、後で約束を達成できなかった場合のことを考えて、慎重になったのかもしれない。
 ところが、小泉になって、その使用頻度は約18パーセントにも上昇している。小泉が、いわば始めて頻繁に「~します」を使った首相といってもいいだろう。ところが、安倍はその小泉をはるかに凌ぐ45%という異常に高い頻度で使っていることがわかる。まさに突然変異といっていいだろう。明快に、直接的に、力強く、これから何をするかを述べるには、まさにうってつけのことばだ。これよりわかりやすいことばはないだろう。

『言語学者が政治家を丸裸にする』より

では、これまでの政治家の所信表明演説の文末表現はなんだったのでしょうか?

それは・・・「あります」です。

岸伸介の例:
今こそ、国民は、民族的団結を高め、自信と希望をもって立ち上がるべきであります。(中略)切に奮起を望みたいのであります。また、私は国民の福祉と繁栄をはかるとともに、政治に清新はつらつとした機運を作り上げたいと思うものであります

安倍さんは「カタカナ語」の使用が歴代1位

安倍さんの演説の特徴として「意味不明なカタカナ語の多用」があります。

安倍の演説は、「~します」の使用頻度で歴代一位であるだけではない。カタカナ語の使用頻度でも歴代一位なのだ。カタカナ語というと、主に英語から借用した、いわゆる外来語のことである。次のグラフは歴代首相のカタカナ語の使用回数を示したものだ。

『言語学者が政治家を丸裸にする』より
『言語学者が政治家を丸裸にする』より

カタカナ語は戦時中はほとんど使われおらず、戦後になって「インフレーション」「アルコール」「エネルギー」「バブル」「ライフスタイル」「リストラ」「イデオロギー」といったカタカナ語が政治家の発言のなかにも登場してきました。

いずれも世相を反映する言葉が中心で、不可抗力でカタカナ語が使われてきたわけですが、安倍さんは地名などの固有名詞を除くと、カタカナ語を80語近くも使っていたそうです。

安倍さんのカタカナ語の実例:
チャレンジ
オープン
イノベーション
リスク
トップリーダー
ブランド化
子育てフレンドリー
グランド・デザイン
カントリー・アイデンティティー

 どうして、カタカナ語をわざわざ多用したのだろうか。
 これは、カタカナ語が持つイメージと関係しているといえるだろう。カタカナ語の多くは、新しい、若々しい、新鮮、モダン、スマート、知的、先進的といった肯定的な印象を与える働きがあるといえる。
 身近な例でいうと、カタカナ文字の混じったマンション名がこれにあたるだろう。クレストフォルム●●、ルサンク●●シティータワー、グランシティー・ユーロパレス●●、コスモ・レジデンス●●、●●ビュー・パレス、レジデンス・ザ・●●、●●ガーデン・ヒルズ、アデニウム●●、など枚挙にいとまがないくらいだ。これらはすべて、意味はよくわからないが、なんとなく近代的でゴージャスでしゃれた感じがする。
 そもそも意味なんてわからなくていいのだ。ことばの持つイメージが大切なのだ。安倍は、こういったカタカナ語に付随した肯定的な意味合いを大いに利用し、演説そのものに若々しい、知的で未来志向のイメージを植えつけようとしたのではないだろうか。たとえば、「イノベーション」というカタカナ語は、知的で、新しくて、なにか明るい未来が開けてくるようなことばだ。

『言語学者が政治家を丸裸にする』より

なるほどです。

ただ、こうしたカタカナ語の多用はいい結果を生み出すばかりではなかったようです。

もっとも、こういったカタカナ語の多用は、必ずしも、いい結果を生みだすとは限らない。特に、まだ国民の間に定着していない、意味についての共通理解ができていないカタカナ語は、聞き手の注意を引く一方で、疎外感を与えることにもなりかねない。「子育てフレンドリー」、「グランド・デザイン」など、なんとなくわかるような気もするが、実際、何をいみすることばなのか不明である。極めつきは、「カントリー・アイデンティティー」ということばだろう。これは、もとの英語にもないようなことばで、和製英語(というか、正確には「安倍製英語」?)のいい例だ。英語なら、たぶん、national identityになるのかもしれないが、あまり使われないことばだ。「美しい国、日本」を築くことを主張する安倍が、日本語を捨てて、意味のわからないカタカナ語を多用するのは、皮肉といえば皮肉だ。

『言語学者が政治家を丸裸にする』より

「美しい国、日本」・・・ありましたねー。「戦後レジームからの脱却」なんてフレーズも就任当初によく言われていたのを思い出します。

「美しい国、日本」は実現したのか。
「戦後レジーム」からは脱却できたのか。

安倍さんの死を悼むとともに、ふりかえりたいところです。

原稿のない答弁ではダダ漏れてしまう「あります」と「ございます」

これまで分析してきた安倍さんの発言は、いずれも演説の言葉なので、基本的にスピーチライターが用意した原稿を安倍さんが読むパターン。

したがって、事前に練りに練った言葉で印象操作をしたり、いろいろ工夫されているわけです。

ところが、原稿のない即興の答弁を分析すると面白いことがわかりました。

 予算委員会での安倍の答弁を調べてみると、驚くことに、所信表明演説とはまったく違った安倍の姿がみえてくる。
 まず、演説口調の「~あります」である。これは安倍が、所信表明演説で極力避けた表現だ。実際、歴代の首相で、この表現を最も避けた首相が安倍であった。ところが、答弁では、かなり頻繁にこの表現を使っている。
(中略)
 つまり、前もって入念に準備した演説では、意識的に「~あります」を避けることができたが、より瞬間的で自然な発話である答弁になると、ふだんの話し方が思わず出てきてしまったということではないだろうか。
 さらに、安倍の答弁には謙譲語の「~ございます」も多く使われているのが分かる。これは、官僚(政府委員)や政治家が答弁するときによく使う表現だ。

『言語学者が政治家を丸裸にする』より

たしかに、安倍さんの発言には「ございます」が多かった印象です。面白いことに、この「~ございます」は戦後の政治家のトレンドワードなのだそうです。

興味深いことに、戦中、戦後間もない頃は、謙譲語の「~ございます」はほとんど使われていなかったことがわかる。首相が、国民に対して、自分の立場を相対的に下げて謙譲するという必要性を感じなかったのかもしれない。首相は国民の下ではなく、上に立ち、国民をリードしていくという意識の表れだったともいえるだろう。
 ところが、戦後になり民主主義が広まるにつれて、池田あたりから「~ございます」が使われるようになり、特に、鈴木善幸首相が頻繁に使っている。鈴木は、自民党の名総務会長として党内調整に力を発揮した政治家であり、「和の政治」を掲げた首相であった。自分を低くしてみせる「~ございます」は、「和の政治」を象徴しているかのようで興味深いといえる。

『言語学者が政治家を丸裸にする』より

ちなみに、小泉首相は「ございます」をほとんど使わない政治家だったそうです。小泉さんは生まれながらの言葉の達人だなぁと思わせるエピソードではないでしょうか。

安倍さんの「ございます」発言の例:
「現在、情報の収集、分析を行っているところでございます
「小泉政権当時は、カメラが入ったものを1階、そしてペンだけのものを1回午前中に行っていたわけでございます。しかし、他方、ではインターネットテレビ等々はどうなのかといろいろいな意見もあるなかにおいて、今、貴社クラブ側と話をしているところでございます

いやー、面白いですね。

言葉にダダ洩れる人間のあれやこれや。

そういえば、個人的に思うのが、第一次安倍政権では多用された「○○させていただく」の表現が、政権復帰後はあまり聞かれなくなった気がします。

以上、「国葬を前にして、安倍さんの言葉を分析してみた」でした。

この本はマジで面白いので、おすすめです。


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