見出し画像

【遅咲きタレントの教え】「結果がなかなか出ない」ときの心得

こんにちは。
フォレスト出版編集部の森上です。

仕事でも勉強でも、一生懸命やっているのに、結果がなかなか出ない……。そんなときは、誰でもつらいものです。

仕事や勉強に限りません。SNSのフォロワーがなかなか増えない、YouTubeの再生回数を伸びない、noteを始めたものの、反応が得られないなど、理想と現実の壁にぶつかっている……。

そんな状況になると、投げやりになったり、ふてくされたり、今まで続けてきたことをやめてしまったり、感情コントロールができずに、思わず他者に嫉妬してしまったり、はたまた、あきらめてしまったり……。そんな言動に駆られる人も少なくないでしょう。

全国から才能が集まり、せめぎ合う最高峰の世界「芸能界」。「売れる」のはひと握り。さらにずっと業界に生き残っていけるタレントや芸人はほんのわずか。

そんな厳しい芸能界で、結果がなかなか出ないなかでも、辛抱強くコツコツと努力を積み上げて、四十を過ぎて遅咲きながらブレイクしたタレントがいます。

そのタレントとは、関根勤さんです。

「笑っていいとも!」「オレたちひょうきん族」「SMAP×SMAP」「王様のブランチ」など、国民的番組の構成を担い、今も「超逆境クイズバトル! 99人の壁」など、数々の人気番組の構成を担当してきた人気放送作家・鶴間政行さんは、関根さんの芸能界での生き様を近くで見てきた人物の1人です。

結果がなかなか出なかった関根さんが、当時、どんな心得をもって仕事に臨んでいたのか? どう乗り越えてきたのか?

鶴間さんの、元・浅井企画専務取締役・川岸咨鴻さんとの共著『芸能界で学んだ人の才能の見つけ方、育て方、伸ばし方』の中から該当部分を公開します。

40歳を過ぎてブレイクした男

 下積みが長く、長い時間をかけてブレイクした芸人は数多くいます。下積み経験がほとんどなく瞬間的にポッと人気が出てすぐ消えてしまった芸人も数多くいます。
 長い下積みを経て大ブレイクしたお笑い芸人に関根勤がいます。
「えっ? 関根勤はデビューのときからテレビで活躍していたじゃないか」と疑問に思われることでしょう。確かにテレビ番組「ぎんざNOW!」の「素人コメディアン道場」で初代チャンピオンとなって、浅井企画にスカウトされ、すぐに芸能界デビューを果たしました。
 テレビ、ラジオで活躍していましたが、どちらかというと、若い頃はマニアックな若い男性からの人気はありましたが、女性からの人気はそれほどではありませんでした。
 事務所の先輩でもある欽ちゃんに、
「お前はギラギラしている。人気が出るのはその脂っこさが取れる40代になってからだ」
 と予言され、その予言は見事に的中しています。
 関根勤は若い頃からユニークな発想などその才能には光るものがありました。なかでも彼のポジティブシンキングには私自身、大いに学ぶものがありました。とにかく前向き。
 私が小堺一機も含めて彼と組んだラジオ番組に「コサキン」(TBSラジオ)があります。その第1回は惨憺(さんたん)たる結果でした。第1回は、当時まだ「ラビット関根」という芸名だったため、番組名も「コサラビ」でしたが、2人とも2時間の生ワイドラジオ番組なんて未経験。せいぜい30分の番組を持たせるくらいの実力だったのに、いきなりの大抜擢でした。
 しかしこの大抜擢が裏目。ペース配分もなく、2人ともアップアップの状態。リスナーも戸惑ったでしょうね……。
 番組終了後、スタジオに1本の電話がかかってきました。当時、浅井企画にいた川岸(本書の共著者)さんでした。
「何なんだ!? 今日の放送は! 聞くに耐えないぞ! 止めちまえ! お前らは3億年出さん!」という、ものすごい叱責でした。
 しかし2回目からは、第1回目の失敗の教訓を生かして、萎縮せず、開き直ったことで少しずつうまくいくようになりました。さすがに3億年もの下積みはありませんでしたが(笑)、その後27年も続いた長寿番組となったのです。関根勤のあのポジティブシンキングも大きな支えとなりました。
 その間、欽ちゃんの予言どおり、老若男女幅広い層から愛されるキャラクターになりました。ベストファーザー賞に選ばれたり、あるいは「理想のお父さん」「上司になって欲しい有名人」というアンケート調査では必ず上位にランクインしています。
 20代30代の経験が、40代になって花開いたのです。

一日に1ミリ成長すればいい

 関根勤は、確かに遅咲きの部類に入ります。
 後輩にあたるイモ欽トリオ(山口良一、西山浩司、長江健二)が「欽ドン! 良い子 悪い子 普通の子」で大ブレイクしたときは、関根の心中は穏やかじゃなかったかもしれません。
 でも、本人に聞いたところによると、「俺は33歳になったら売れる」と自分で自分に言い聞かせていたらしいです。暗示効果もあったのでしょう。
 そして、彼は「前へ、前へ、たとえ1ミリでも」という気で、進める気概がありました。その前向きなスタンスが、いずれブレイクする原動力になったと思います。
 才能を伸ばすか、潰してしまうか、自身の心構えも強く左右します。
 ライバル心が強いと、とかく自分と他人を比較したがるものです。そこから妬みや嫉妬が生まれたりします。
「なんでアイツばかり目立つんだ」
「なんであんな奴が俺より売れているんだ」
 そういったマイナスの心は決して成長の糧にはなりません。
 まずは、まわりを気にすることなく、上をまっすぐ見つめて精進する、その精神が大事なのです。
 関根はそういう意味でも、いつもそのような姿勢で臨んでいたから、今の立場があるのだと思います。

二段飛びを狙わず、地道に一歩ずつ歩む

 小堺一機と関根勤は、コンビというわけではありません。パジャマ党の大岩賞介さんが「同じ笑いをやっているんだから、2人で何かやったら」とアドバイスしたのがキッカケで、コントライブを始めたんです。
 思い起こせば40年前、最初は下北沢のライブハウスでした。上が確かノーパン喫茶で(笑)、観客はわずか3人でした。スタッフの人数のほうがはるかに多い状況だったと聞いています。
 ただ回を重ねるごとに観客数は少しずつ増えていき、そのうち原宿のペニーレインにと昇格していって、「小堺クンのおすましでSHOW」「カンコンキンシアター」、最後はTBSラジオ「コサキンin武道館」という1万3000人の前でイベントライブをやりました。
「小さいところから少しずつ育てる」って、マネージャー冥利(みょうり)に尽きると思います。
 大事なことは、スタートでつまずいても、あきらめなかったという点でしょう。一歩一歩階段を上って行くのが良く、いきなり二段跳び三段跳びで上がって行こうとすると、足を踏み外したりするでしょう。
 欽ちゃんがパジャマ党という放送作家集団をつくり、さらにその下に「欽ドン」の投稿の常連から即戦力の作家を集めようとしました。
 欽ちゃんとしては、即戦力になると期待していたのでしょうが、結局、一人前の作家に育つまで、相当の時間がかかったのは、先にお伝えしたとおりです。
「継続は力なり」という言葉がありますが、地道に努力を積み重ねることが、当たり前なんですが、やっぱり真実です。
 近年、一般の人でも、SNSやYouTube などで発信する人が増えました。始めるのはいいのですが、ちょっとやって結果が出ないとすぐにあきらめてやめてしまう。結局、あの世界もコツコツ毎日続けている人にフォロワーが増え、インフルエンサーとなっています。まったくの無名の人がいきなりフォロワーが増えるなんてほとんどないはずです。やはり地道な努力が欠かせません。
 タレントの世界でも、ライブをやると決まると、今の若手芸人の多くは「数週間後のライブ」に向けて一生懸命ネタづくりを始めますが、私はそれでは遅いと思います。
 普段から意識をもって、コツコツとネタづくりをする。練習をする。舞台で披露する。改善点を見つける。そのサイクルスピードと回転数が、その人の能力を引き上げる、一番の近道だと思うのです。
 どんな世界でも、一発逆転はありません。たまにある一発逆転は、ニュースになりやすいだけ。それはニュース性が高いからであり、たまにあるだけ。その偶然を待っていても、来るか来ないかはわかりません。世の中はそのようにできています。

ちなみに、今回紹介した書籍『芸能界で学んだ人の才能の見つけ方、育て方、伸ばし方』(川岸咨鴻、鶴間政行・著)に推薦コメントをくださった、人気お笑いコンビ「ずん」の飯尾和樹さんも、関根さんと同じ浅井企画の後輩であり、遅咲きです。飯尾さんも、なかなか結果が出なくてもコツコツと努力を重ねて、あきらめずに続けていたからこそ、今の人気につながったといいます。

本書は、芸能マネージャー歴60年超の「芸能界の重鎮」&伝説の人気「放送作家」という最強タッグが「人の才能を見つけ、育て、伸ばす」ための思考法&実践法を公開しています。部下や子どもの才能を見抜いて、磨きあげるヒントが詰まった1冊になっています。興味にある方はチェックしてみてください。


著者プロフィールは、次のとおりです。

川岸咨鴻(かわぎし・ことひろ)
元・浅井企画専務取締役。株式会社ICH名誉会長。1940年生まれ。栃木県出身。藤圭子の初代マネージャーを経て、芸能マネージャーとして数々の才能を世に送り出す。コント55号の萩本欽一、坂上二郎をはじめ、小堺一機、関根勤、キャイ~ン、ずんなど数々の一流お笑いタレントを生んだ芸能プロダクション「浅井企画」の専務取締役を45年間務める。2018年4月に株式会社ICHの名誉会長に就任。芸能マネージャー歴60年超の芸能界の重鎮。
鶴間政行(つるま・まさゆき)
放送作家。1954年埼玉県熊谷市生まれ。1976年東洋大学在学中に放送作家を志して欽ちゃん(萩本欽一)に師事する。5年間の居候を経てデビュー。以後、「欽ドン! 良い子悪い子普通の子」「欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞」「笑っていいとも!」「オレたちひょうきん族」「SMAP×SMAP」「王様のブランチ」など、多くの人気テレビ、ラジオ番組を構成。現在は、「超逆境クイズバトル!99人の壁」「キニナル金曜日」を構成。長寿番組「ごきげんよう」のサイコロトークの発案者としても、業界では名高い。

▼関連記事もどうぞ(4本あります)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?