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【フォレスト出版チャンネル#168 】ゲスト/校正者|「校正者」とはどんな職業なのか?(前編)

このnoteは2021年7月6日配信のVoicyの音源「フォレスト出版チャンネル|知恵の木を植えるラジオ」の内容をもとに作成したものです。

今井:フォレスト出版チャンネルのパーソナリティーを務める今井佐和です。本日は編集部の寺崎さんともにお伝えしていきます。寺崎さん、どうぞよろしくお願いいたします。

寺崎:よろしくお願いします。

今井:さて、本日は素敵なスペシャルゲストをお招きしているんですよね?

寺崎:そうなんですよ。編集者にとっては切り離せない存在である「校正」っていう職業をされている、いわゆる校正者の方なんですけど。校正者のベテランの1人にゲストにお越しいただきました。

今井:校正者さんってどんなお仕事なのか、一般的にはあまり知られてないかもしれないですね。

寺崎:そうですよね。実は、僕もいつもお仕事でご一緒させていただくんだけど、編集者も校正者さんのことってあんまりよくわかってないかもしれないので(笑)。

今井:そうなんですね(笑)。

寺崎:ですので、いわば今回は出版の舞台裏とも言える内容になるかなと思います。

今井:なかなか楽しみな内容です。では、さっそく本日のゲストは校正者の広瀬泉さんです。広瀬さん、本日はどうぞよろしくお願いいたします。

広瀬:こちらこそよろしくお願いします。

校正の仕事に就いたきっかけ

今井:広瀬さん、今日はお忙しいところゲストとしてご出演いただきまして、本当にありがとうございます。校正者の方のお話が直接こんなふうに聞ける機会っていうのがあまりないと思うので、今日の放送は大変貴重な放送になるのかなというふうに思っています。では、早速なんですけれども、広瀬さんの方から簡単な自己紹介お願いしてもよろしいでしょうか?

広瀬:はい。広瀬泉と申します。校正者をやっています。寺崎さんにお世話になったり、他の出版社の方にもお世話になっております。今日は皆さんに校正という仕事はどういう仕事かというお話ができるので大変嬉しく思っております。

今井:ありがとうございます。ちなみに校正者になったきっかけっていうのはどんなものだったんですか?

広瀬:はい。私は20代の最初の頃に編集者を3年ほどやりました。自分の好きな演劇の仕事関係の書籍をつくりましたけれども、どうにもやっぱり対人的な・・・。編集者の方って著者の方とお話しをしたり、企画を立てたり、色々なことをされるので、その能力がないんじゃないかと思って、校正者にでもなろうかという(笑)。でもしか校正者です。

今井:編集者さんから校正者に異動と言うか、変わったという感じなんですね。

広瀬:はい。もう40年近くやってますかね。

今井:40年も!ちなみに構成するジャンルってたくさんあると思うんですけれども、広瀬さんはどんなジャンルを手がけていらっしゃるんですか?

広瀬:そうですね。寺崎さんやなんかのところでお世話になっているのは普通一般書と言われている書籍なんですけれども、文芸書、それも時代小説であるとか、それから現代小説であるとかもやりました。それから哲学書、それから社会科学関係のご本、それからお料理の本もやりましたね。

今井:お料理の本も!

広瀬:お料理の本はとても楽しくやらせていただきました。これはこれで難しいことがあるんですけど、話がちょっとそれちゃうんで、また別の機会にして。あとは漫画、それから変わったところでは中学校の理科の教科書を4年ばかりやりましたかね。

今井:そうなんですね。

広瀬:何年っていうのは忘れてしまいましたけれども、改訂の度にやらせていただきました。それから刺繍、それから辞書。もう何でもやりましたね。やっぱり自分としては色々ことに対応できる人間になりたいと思ったので、そういうようなことを心掛けました。

今井:もしかしたらこのVoicyを聴いていらっしゃるリスナーの皆さんも、広瀬さんが校正した理科の教科書を使っていたかもしれないってことですね。

広瀬:大変勉強になりました。自分は中学校の頃、勉強してなかったので(笑)。

寺崎:ちなみにこの間、Voicyの収録をしようとしたら、広瀬さんが印刷所につかまっちゃって、来れなかったことあったじゃないですか。あれはどんなお仕事だったんですか?

広瀬:あれは今コロナのことが大変話題になっているので、そのコロナに関してある方が講演をされたお話をまとめたものを校正させていただいて、やっぱり今の本なので、印刷所に行って校正をさせていただきました。

寺崎:なるほど。じゃあ、スピード出版の案件だったわけですね。

広瀬:そうです。今はとても時代の変化が早いので、例えば経済書に関しても大昔みたいな厚いドーンという本よりは、皆さんが関心を持ってらっしゃるようなご本を大体3か月に1冊ぐらいずつ新しいものが出されているんじゃないかなと。昔だったら1年に1遍ぐらいで、経済ものはあったんですけど、今はテンポが早くなってますね。ですから、私たちの仕事は早くしないといけないということですね。

寺崎:なるほど。

校正者の仕事とは?

今井:ありがとうございます。では、そんな校正者の職業に迫っていきたいと思います。では早速ですが、校正者ってどんなお仕事なんですか?

広瀬:皆さんは、今はもう全てデジタルですよね。昔は紙ベースで、これは会社の名前を出していいと思うんですけど、平凡社の大百科事典全16巻、1巻づつ大体1000ページくらいの本で、項目数はちょっと忘れてしまいましたけれども、「百科事典に関しては、初版は買うな」っていう言葉があるのはご存知ですか?そういう言葉知りません?絶対に初版は買っちゃいけないっていう。

寺崎:いや。私、初めて聞きましたね。

広瀬:その百科事典で、何回目まで正誤表があるかなと思って調べたら、10巻までで大体300項目ぐらい訂正があるんですよ。

今井:300項目も!

広瀬:平凡社は「百科事典の平凡社」というような会社ですし、百科事典ですので、大変そういうことを重んじてやっても・・・。校正というのはそういうふうに、とても大事なものなんですよね。もちろん、書籍を出される前に大変丁寧な校正を、平凡社の百科事典の編集はやってるし、ベテランだし、そのためにやってらっしゃるわけなんですけれども、そういうふうに間違えっていうのはあるものなんですよね。もちろん、それを訂正して正しく直して、読者の方に間違いを伝えないようにするのが簡単に言えば校正者の仕事なんですよね。ちょっと話がずれるんですけれども、昔は活版印刷というものだったんですよ。ですから、校正者の仕事というのは原稿通りに正しく入っているかどうか。昔はワープロはありませんでしたから、ご著者の方は手書きでお書きになるわけですよね。それを活版印刷の方たちは活字を拾って、それをゲラというものにするために、活字を植えて紙面を作るわけですよ。そうすると必ずその手順の中で間違いが起こるわけですね。そうすると校正者の主な仕事というのは、原稿と活版が組み上がって来たものがちゃんと合っているかどうかだけを調べれば良かったです。つまり原稿照合ということが大変重要な仕事だったんです、昔は。今は皆さんもご存知のように、パソコンで入力をされますよね。そうするとパソコンで入力をされているので、そういう間違いっていうのはないんですよ。間違いも変わってきたんですね。

今井:どんなふうに変わってきたんですか?

広瀬:逆に言うと、文字抜け、オペレーティング。例えば今井さんの今井が違う「いまい」になってたりとか、そういう誤りがあるんです。それと手書きの時代にはご著者が限られていて、専門家の方が多かったので、そういうものはあまり調べる必要がなかったんですよね。ところが今は、ご著者自身が打っているから、専門家であっても年号なんかも間違えるんですよ。鎌倉時代は1190年代だと思うんですが、それが1900年になってるとかね。

今井:あー。1192(いいくに)が1185(いいはこ)になったり。

広瀬:そうです、そうです(笑)。そういうような間違いが多くなっているんですよ。それから文字化けと言うか、文字の誤植。例えば今ワクチンを接種していますよね。その接種っていうのは、接(つぐ)という字に種(たね)を書きますよね。その接種が例えば食べ物を摂取するという字になっている。「せっしゅ」と打って、あれはローマ字入力ですから。同じでも違う文字が出てきちゃうんですよね。ワクチンの接種とすべきところが、食べ物の摂取になって、そういう単純な誤植を訂正していくというふうになりましたから、もう原稿通りという時代から変わっているんですよね。そういう意味では、校正者も編集者の方も責任が重くなっていると思うんですね。時代考証なんかはなぜやらなければいけないかと言うと、昔は編集者でもそれに特化した編集者がいたんですよ。この本ならあの編集者。それでその編集者は、例えば自分の時代のことばっかりやっていたらよかったので、ある意味作家さんに代わって書けるぐらいの力量をお持ちになっている編集者がいらっしゃったんですね。でも、今の編集者の方は寺崎さんや他の編集者の方がお話になっているかもしれませんけど、やっぱりコーディネートしていくとか、書いていただくとか、材料を用意する。もちろん昔もそういうこともあったんですけど、ちょっとずつ変わってきてるので、校正者もやっぱり校閲的なことはやります。編集者の方がだんだんそういうことができなくなっているし、たくさんの仕事をしなきゃいけないので、校正者が校閲的な部分も今はやるようになってるっていうことなんでしょうかね。これはまた後でお話が出てきますけど、そんなことでしょうか。あの、面白い話を少しここで。ちょっとリラックスして。私がある事件小説をやっていた時、それは新聞小説で最初は連載されていて、大変な流行作家の方のご本で、一旦本になったものが文庫化する時に私が読ませていただいたんですけれども、事件は冬なんですよ。ところが冬なんだけど、あるところから春の描写に延々となってるんですよね。それはたまたま新聞小説で、新聞小説っていうのはもう忙しくやっているので、結局元に戻ったり、編集者の方も作家の方も忙しくて書き飛ばされているので、そういうのに気がついたことはあります。それはもう本当にびっくりして、「直りますか?」って、僕がお話した時にはもう著者の方が亡くなられていたので、そのまま出しました。

今井:春があるまま。

広瀬:そうです、そうです。冬の叙述の中に延々と菜の花が咲いていて、伊豆半島での事件が書いてあるんですよ。そういうこともあるんですね。あともう1つ面白かったのは、私はピンク小説もやるんですよ。ピンク小説をやっていて、上下巻で2冊だったんですよね。1巻目は冬のお炬燵に入っていて、女性の方が裸になられたんです。ところが下巻でももう1度裸になっている、女性が。つまりちゃんと上下巻を通して見れば、決してそういうことはないわけですよね。2回脱いでいるんですよね、もう裸のはずなのに。

今井:それ以上脱げないのに、また脱いでいるみたいな感じですか?

広瀬:もう一度を炬燵の中に入って服を脱いで、ことに及んだという話になってるんですけど。それからあとは、推理小説をやる時にはタイムテーブルをつくるんですよ。

今井:タイムテーブル?

広瀬:つまり事件がいつ起こったか。その事件が何時に起こって、その次にどういう展開をしたかっていう日時を記載したものと、登場人物表っていうものをつくるんですよね。登場人物の方のお名前が違っている時もあるんです。まだゲラの段階ですからね。それから、髪の毛の色が違う、目の色が違う。読者の方でもそういうことはお読みになっていれば、さっきの2回脱いだとか、気づかれると思うんですけど。一応そういうことにも気をつけてやるようにしていますね。

あの作家とのエピソードを初公開

今井:ちなみに広瀬さんは、校正者として過去に経験したエピソードで、ご作家さんとのエピソードっていうのは何かあったりしますか?

広瀬:まず作家さんっていうのは、表現の自由をお持ちなんですよね。どんな書き方をされてもいいわけですよ。例えば私は筒井康隆さんの本もやったことあるんですけれども、「貫禄」という字はご存知ですか?「貫禄あるわね」っていう貫禄です。

今井:「貫く(つらぬく)」っていう字に「録音の録」でしょうか?

広瀬:録音っていう字は金偏でしたっけ?示偏でしたっけ?忘れてしまいましたけれども、要するに示偏が正しいんですよ。ところが筒井さんは「貫禄で、示偏じゃあ重みがないだろう」っていうことで、金偏でお書きになるんですよ。だから僕が「間違いじゃないの?これは」って言ったら、編集者の方に「バカだな。お前は。筒井康隆さんは貫禄は示偏じゃ重みが足りないから、金偏で書くんだ!」って怒られたことがあります。つまり日本語には「正書法」っていうのがないんですよ。この字はこう書くべきだというものがないんです。辞書をご覧になっていただければわかると思うんですけど、「みる」という言葉があった時に、色々な字があるように。だから著者の方はどんな字を書いてもいいし、当て字も多いんですよ、昔の方は特に。それで筆で書いていらっしゃいましたから、疲れちゃうと平仮名でお書きになったり。

今井:疲れがそこに出たりすることもあるんですね(笑)。

広瀬:勢いがあって、調子がよければババババっと早書きをする。校正者は赤鉛筆1本で仕事をすると言われているんですけれども、そういう著者の表現の自由に関わったり、「間違いだ」って赤字を入れちゃいけないんですよ。だから、文部省の国語審議会の通りに変えちゃいけない。特に小説家の方は、そういう表現の自由があります。それからもう1つ、仮名遣いや旧字を使われている作家さんは、例えば三島由紀夫さんとか丸谷才一さんとか、まあ多かったですね。旧字を使ってお書きになるんです。あと旧仮名遣いでお書きになるんです。これが切り替わったのは、敗戦後、当用漢字ができたり、新仮名遣いを国語審議会が定めたりしたんですけど、それ以前は書き文字というものは全てそういうふうになっていて、そういうことを守っていらっしゃいますよね。日本の文化、伝統を守っていらっしゃるわけです。ただし三島さんの場合には、全集は旧字旧仮名だと思いますけど、新潮文庫やなんかは全部新字新仮名に直ってますとお断り書きがありますね。今の教育制度は大学生になっても何が正字で、何が旧仮名遣いであるかっていうことの教育をなされてないんですよ、教養として。だから、昔のものが読めないんですよね。私も苦労しましたけれど、そういう努力をするっていうことは、作家の方はやっぱりこだわりを持ってらっしゃいますね。今の若い方たちは、もうそういう教育を受けてませんから、ありませんけれども、夏目漱石や直近であれば、三島さんとか、丸谷才一さんはそういうものを使っていますね。それから今の表現の自由ということで、栗本薫さんってもう亡くなられましたけど、新聞のコラムにですね。「校正者は検閲者じゃない」って。「そんなちまちま重箱の隅をつついたようなことを検閲されるのは、私は嫌だ」って書いてあったんです。確かにその通りだなと思います。特に作家さんたちに、こういう表現が正しいなんてことを言ったらいけないんですよ。っていうのは間違った表現でも実は時代の中で、それが正しいものになってるっていう。みんなに使われているので、言葉は生き物なので。作家さんの表現は直すことが絶対にできないんですね。それは表現の自由です。だから、校正者は赤鉛筆を持っているんだけど、もう1本、普通の黒鉛筆を持っているんですよ。そこで、自分は「?」をつけますね。「これでいいですか?」って。私の方が作家さんよりも知ってるわけじゃないでしょって。まあ、栗本さんはそういう非常に厳しいことをおっしゃってましたね。校正者は検閲者ではないんだ。だから、作家さんの表現をできるだけに活かすようにしています。それから今の方が書かれる一般書なんかの中でも私は表現は出来るだけ自由にしていただくように、あまり口うるさいことは言わないように。そういうようなことがとても大事なことなんですよね。校正者が第1に気をつけなければいけないことは、そういうことでしょうね。今の若い作家さんに関しては知らないこともあるので、鉛筆で直しを入れます。赤で直してはいけません。赤で直すものは絶対的な間違いしかありません。さっきの筒井康隆さんのように、貫禄の禄の字が金偏になってたら、世間では間違いと言われているけれども、金偏のままでいいと。そういう作家の方の書き癖と言うか、スタイルもやっぱり理解をしておく必要がありますね。ですから、編集者の方から、そういうことをお聞きするようにしています。

作者の「表現の自由」をサポートする仕事

今井:世間の正しさ、物差しに赤字を入れるんじゃなくて、作家さんという表現の自由。ここがもう一番の正義というか、正解で、そこを全力でサポートしていくっていうのが、校正者さんの仕事っていう感じなんですね。

広瀬:辞書をご覧になればわかると思いますけど、広辞苑あたりだと出典が書いてあるんです。つまり、源氏物語ではこの場面では、こういう字を使っているとか、そういうものを国語学者の方が色々と研究されて。だから日本にこう書くべきだっていう正しい正書法はないんです。それはもう作家さんの通りで、例えば右の行で「みる」が普通の見るになっていて、左の行でその見るが、観劇っていう、劇を観るの「観(かん)」という字になっていても、本来はそれは直す必要はないものなんですよ。でも、一般書だと、やっぱり読者の方の見やすさとかっていうことがありますから、統一という問題が出てきますけれども、基本的にはないわけです。

寺崎:その正しい字がないっていう話って、特に欧米の言語の人たちからしたら「どんなに言葉なんだろう」って、びっくりしますよね?

広瀬:だから日本語が難しいというのはそういうところなんです。さっき言ったように、我々の国語教育は間違ってると思いますね、個人的にはね。三島さんや丸谷さんたちはそういう日本の国語教育や日本人の教養や文化を引き継ぐというところでのお考えがあって、私たちもそういう考えを謙虚に学ぶ必要があるんじゃないでしょうかね。だから、日本語は大変繊細な言語ですよね。今度、広辞苑を見ていただくと、この項目ではこの字がこう使ってあるっていうのが書いてありますから。私が最初に校正者になった時に「うるさいなあ。こんなにいっぱい書いてあって。もうみるは「見る」だけでいいじゃない」って思ったことがあるんですけど、そうじゃないんですよ。観劇の「観」を使ってみたり、鑑賞の「鑑」を使ってみたり、平仮名でやってみたり、「目でみる」の「みる」だって、検視官の「視」であったり、普通の見るであったり。それは逆に言うと、特に文芸書の場合は、味わいなんですよね。この著者、間違ってるなんて思っちゃいけないんですよね。

寺崎:なるほど。

広瀬:そういうことですかね(笑)。

今井:広瀬さん、ありがとうございます。普段なかなか聞けない校正者さんの裏話ということで、お話は尽きなくて、まだまだ聞きたいことたくさんあるんですけれども、時間が迫ってまいりましたので、続きはまた明日お伺いさせていただきたいと思います。本日は広瀬さん、寺崎さん、どうもありがとうございました。

広瀬・寺崎:ありがとうございました。

(書き起こし:フォレスト出版本部・冨田弘子)


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