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体に優しい展覧会



先日訪れた友人の展示は、公民館で行われたものだった。座るところが展示室にある安心感、ローカルな落ち着いた空気感。とても良かった。こんなふうに体に優しい展覧会がもっとあれば良いのにと、最後に少しズレた感想が浮かんだ。

展覧会は、あまり体に優しいものではない。
2時間近くかけて立ち続け歩きづけ、作品を見続けてへとへとになった時、このまま美術館に泊まって、明日の朝続きが見たいなあと思ったりする。どっかの水族館のようにお泊まりツアーを組んでいる美術館は都内にあるのだろうか。とりあえず私は見たことがまだない。

友人に体に優しい展覧会の提案をしたら、しかしあまり長居して欲しくない客人に居座られるのも困ると意見を頂戴した。確かに。ギャラリーおじさん(客人とかこつけて特に女性の女性アーティストに執拗に絡んだりする迷惑な客人の類。年配の男性が多いためこの名前らしい。)などの問題を考えると、ただ居心地良くしておいでませと招くだけでは知恵が足りないようだ。ターゲットを細かく分類し、それぞれに柔軟な対応ができるように考えないといけないのか。

明確な障害があるわけでもないけれど、体が健康とは言えない状態で、展示を見に行きたいというのは贅沢だろうか。しかし、自分の心の救済に、鑑賞する時間は絶対に必要なものなのだけれど。

そういえば面白い展示が最近あった。現実の美術館ではなくインターネット上に展覧会場があり、ネット検索してアクセスすることで鑑賞する展示だ。

鑑賞することは体験することだと思う。とするとこれは体験というにはすこし足らない気持ちも正直あるが、体が壊れた今、家から出なくても作品と出会える、とても有難い存在でもある。

新しい種類の体験として、まだ私は直に触れたことはないけれどNFTアートの類なども出てきて、盲点の気づきをまだまだ得られるはずと一干渉者として嬉しい気持ちもある。でも、一番嬉しいのは、美術館を丸々貸し切って泊まり込むことなので、いつか生まれ変わって富豪になったら、是非実行したい次第だ。

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